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「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 59-1

59-1 (范涟の長い長い誕生日の宴)

彼ら三人は二階でお互い冗談を言ってからかいあった。程台と商蕊は手や顔を洗い身だしなみを整え、またしゃんとした姿になっていった。范は商蕊の様子が次第に自然になってくるのを見て欠伸をし始め、以前商蕊が化粧を落とすところを見たことがなかったからと洗面所のドアの前に立とうとした。しかしこれはでたらめで、当時平陽では、楽屋部屋によく入りこんでいたはずである。商蕊はなすすべがない。顔に水をかけながら、「本当に分からないよ。あなたたちは僕が化粧を落とすとこも見たいし炸麺を食べるところさえ見たいというし」この口ぶりからして范のような愛好家がかなりいるようだ。彼らの理解できない執着心の中では商蕊の食事や排泄さえも見る価値があるのだ。程台は言った「彼はこんな風に見識がないんだ。もうこれからは歌わなくてもいい、舞台でご飯を食べるところを見せてやればいいさ!」商蕊はこれは二つのことを一度に達成できる素晴らしいアイデアだと感じた。范は言う。「そう、私は姐夫みたいな見識があるわけではないからね。商老板が見せるか見せないかは、すべてあなた次第だ」程台は范をにらんだ。「君も今日、見たんじゃないの?」

蕊は顔に水滴がついたまま急に頭を上げ、范を斜めに見つめ、范が彼のお尻を見たと言えば、殴りかかるつもりだった。范は非常に賢く、姐夫が彼を罠にはめようとしたと分かった。再び商蕊に警戒され、すぐに否定することを恐れて「商老板の何を見たかなあ?あなたのあそこは見たけどね!」

蕊はけらけらと笑ってまた顔を洗い続け、まあ程台は粗野で価値がないから、見られたとしてもどうってことはない、と言った。程台はもったいぶった様子で「お前は下品なやつだな。そんな風にみられる覚えはないぞ!」彼は以前、小公での恥ずかしい姿を見られてないとでもいうのか?それは大胆な変態っぷりだったのに、今は真面目に装ってるなんて。范は笑った。「ふつう性行為を見る方が不吉だと言われているけど、なんであなたは損したように言っているの?」商蕊は顔を洗い終え、鏡の前で顔を拭きながら言った「我々も平陽で同じ言葉がある、ズボンの股下を引き破ると解消できる!ってさ」程台は手を打って言った。「それはいいぞ!」范を掴み、その解消とやらをしようとした。范もまたひ弱な少爺で程台とは力も拮抗しており、しばらくもみ合いになった。この騒動は実におかしな光景だった。ズボンの股を押さえて必死に抵抗し、悲鳴を上げている姿はまるで貞操を守る娘のよう。しかし、范のこの誕生日の宴は、まだ序盤戦にすぎなかった。

扉が二回ノックされ、勝手に開かれた。范金泠が入ってきて一瞬びっくりし、目の前の光景を見て驚いて言った。「兄さん!あなたたちは...何しているのです?」程台は首をひねり、范金泠が連れている人物を見て、急いで范から離れて尋ねた。「大丈夫、俺と彼とでふざけていただけだよ。察察儿はどうしてここに来たの?誰がお前を連れてきたの?」察察儿は髪を二本三つ編みにして淡い青色の蜀織りの旗装を身に着け、薄青色のプリーツスカート、黒い革靴を履いていた。一見今時の女学生の制服に似ているが、今どきの洋装を着こなす范金泠と一緒にいると完全に二奶奶風だ。この服は見た目に美しいかもしれないが、彼女らのような裕福な家庭の若いお嬢様は、制服や洋服以外にツーピースの服を着ることは一般的ではなく既に時代遅れである。

察察儿は范金泠の手を離し、誰とも挨拶せずに不機嫌そうにカウチソファに座ってしまった。商蕊が初めて彼女に会ったときと比べ察察儿はすでに大人の女性に成長し、漢人とは異なる雪のように白い肌、髪、瞳がますます深い琥珀色になっていた。彼女は兄姉とは似ても似つかないが、それでも非常に美しく人間味のない冷酷な美しさが潜んでいる。商蕊が洗面所から出てきたが、彼女はもうこの役者を忘れてしまったようで、一度も見向きもせず、程台に向かって「兄さん、私をまだ気にかけてくれる?」といった。程台はほぼへつらったように笑って言った。「気にかけてるさ!俺の妹なんだもの、見過ごせるわけないだろう?なんでまた一人でここに来たの?義姉さんに言ってきたの?」察察儿は腹を立てたように頭を振り、唇を噛んで何も言わなかった。范金泠は彼女の隣に座り「おそらく姉さんはまだ知らないでしょう。察察儿は自分で車を呼んでここに来たので、お金も持ってなかったわ。門番が彼女を覚えていて、お金を前借りして中に入れてくれたのよ。」

この二人の女性がさっきまでお楽しみだったカウチに座っているので、彼女らの兄さん連中は気まずい思いをした。范は咳払いをして喉を整え、軽蔑するように程台をにらみつけ明日さっそく誰かにそれを捨てさせることを決意した。ここに置いておくと本当に人を不快にさせる。程台は常に良心がなく、一切の羞恥心もない。商蕊も特に反応もなく、范金泠を不機嫌そうに睨みつけているだけだった。范金泠も彼が彼女のむき出しの腕をじっと見ていることに気付いた。この役者が女性に不適切な視線を送ることに腹を立て、白目を向けて睨みつけた。蒋梦萍とは特に親しいので商蕊を見ると本当に嫌悪感が湧く。他の人々は彼を賞賛し、彼を甘やかして美化しているが、彼女はそのことに同意してはいない。この荒唐無稽で邪悪な人物がなぜ有名になり成功し賞賛を受けるのか。その中には彼女の兄弟と義兄も含まれているようで、非を問わずに受け入れる姿勢は実に理解できないでいた。

台は妹に気遣いながら尋ねた。「義姉さん(二奶奶)に怒られたの?」察察儿は言う。「むしろ私を怒ってくれた方がマシだわ!彼女は私に料理を習わせようとしているのよ!」「おや、料理の勉強?」范が驚いた声を上げた。范金泠も驚きながら察察儿を見つめた。彼女は台所のすみっこすら触ったことがないほどなのだ。程家の三小姐が料理を学ぶなんて、まさに聞いたことがない。

「この間は刺繍を学ぶように強要されたわ!何で『双蓮花』なんて刺繍するのよ!十本の指のうち六本も怪我をしたわ!」彼女は手を差し出して程台に見せた。今も2本の指先に包帯が巻かれている。「今日は何としても料理を教えるって!もうたまらないわ。だから、兄さんを探しに来たの!」

察察儿と二奶奶が争うたび、范金泠は思わず幸運を感じる。彼女はまだ幼い頃、范家は程家の責任逃れに心を痛めていた。ある日、姉が髪を結いながら彼女に言った。「これからはずっと家にいるわ、誰とも結婚しない。」范金泠はとても喜んだ!しかし、数年後、程家は姉を娶っていった。そのため、彼女はしばらく程台を憎んだが今思えば姉が結婚したことにも利点があった。そうでなければ、今日の察察儿の苦悩は彼女自身に降りかかっていたのだから。

台は和やかな口調で説得する。「この件は全てを君の義姉さんのせいにするわけにはいかないよ。彼女は言ってたよ、女子はこれらの仕事をしなくてもいいけど、できるにこしたことはないと。考えてみれば、間違ってないよね?将来、自分で家庭を持って何か女らしいことや料理を知っていた方がいいんじゃない?」察察儿はそれを聞いて、なんだあんた達夫婦はグルなのかと怒り出した。「私は家事をするのが嫌い!学校に行きたい!」程台は優しく微笑んで、「そうだよ、学校に行こう!学校は絶対に行かなきゃだめだよ!」察察儿は怒りながら言う。「兄さんは約束だけは上手なんだから!いつも先延ばし。こんなことが難しいの?」程台は二奶奶に逆らいたくないし妹を傷つけたくない気持ちもあって、内心かなり困っていた。仕方なくため息をつきながら微笑んだ。范は程台が妹にしつこく迫られているのを見て、「察察儿、この件は焦らなくていいよ。このことは兄さんと検討してみるから。そうでなければ僕から姉さんに話しをつけてあげよう。いい?私も君の兄貴だからね。金泠、妹を食事に連れて行ってあげて。今日はこの問題はひとまずここまでということで。僕等も下に行こう。商老板、どうぞ!」

蕊は頷いた。一行は出口に向かい、范家の兄弟は察察儿を前にして移動したが、商蕊は程台を小さなバルコニーに引っ張りこみ、言葉もなく彼の胸を一発どついた。「范金泠ってなんなのさ!」程台は胸を押さえ痛みに苦しみながら、「彼女がどうかした?またなんか君を怒らせたの?ちゃんと話してくれないと」

蕊は低い声で怒鳴った。「彼女の手になんで蒋夢萍の腕輪があるの?!」程台は女性たちの装飾品にはまったく注意を払ったことがなかった。絹織物のビジネスを始めてからは流行の布地に最も興味を持ってはいるが。「はあ?腕輪が蒋夢萍のものだったら、それが何が問題なの?女性たちが仲良くなって、お互いに宝飾品を贈り合うのは普通じゃないの?」しかし、この腕輪に関する理由は、商蕊をますます怒らせた。「普通じゃないって!その腕輪は蒋夢萍の母親から彼女に残されたものだ!彼女はそれを大切にしてたんだ!なんで范金泠にそれを贈ったのか!彼ら二人は一体どんな関係だっていうの!」

台は商蕊の激しい感情に汗をかきながらしばらく沈黙した。蒋夢萍は商蕊にとっての鬼門であり、一触即発で彼を激怒させることができた。「彼女たち、とても仲良しなんだよ。」「とても仲良しとはどのくらいの仲良しなんだ!」程台は躊躇し、隠してきた言葉を商蕊に話すべきかどうか悩んだ。商蕊も彼に何か言いたいことがあるのを感じ取り、何度か催促しても効果がなかった。その結果、彼は急に激しくいきりたったのだ。彼は内と外ではまったく別人である。外の友人たちの前では、とても友好的で礼儀正しく、控えめであまり話しもしないし、決して急かしたりもしない。実に人当たりが良い。しかし程台の前ではまるで七つの子供のように、犬さえ嫌う鼻つまみ者だ。まさに二面性の持ち主なのである。程台の三人の息子が一気ににかかってきてもこの一人にはかなわないほどの騒ぎとなる。程台は子供を叩くことを嫌うが、商蕊が乱れるのを見ると手がむず痒くなった。一方でバルコニーの窓を閉め、外に人が通るのを心配し、同時に顔をしかめて忠告した。「騒がないでくれ!ここは他人の家だぞ!下には沢山の客がいるんだから!」「他人の家で寝たくせに、何をいまさら!」商蕊は怒りのあまり言葉を選ばずに口にした。程台は一瞬間黙り込んで、「恥知らずめ!」と吐き捨てました。二人は意味のない汚い言葉を何度か言い合った後、突然沈黙した。程台は手すりにもたれ、タバコを取り出して吸いながら笑いだした。「覚えてるかい、商老板と出会ったころは君も俺に甘えてたこともあったよね。どうして仲良くなるにつれて、君の態度はどんどん硬くなるんだ?」

蕊は程台の口調から優しくなっているとわかり、彼も一緒に手すりに寄りかかった。彼にもわからない。なぜ仲が良くなるにつれ口論が増えるのか。他の人とは明らかに違う。台は続ける。「君の師姉のことを話したら、おりこうさんにして俺と一緒に食事に行くんだ。騒ぐのはダメだよ。君をリフレッシュしに連れてきたんだ、逆にイライラするなんてよくないよ!」商蕊は微妙に頷き、曖昧にうんと声を返した。

台は静かな声で言った「師姉は君も知ってのとおり思いやりがあって母性本能に満ち溢れている人だ。君がいた頃は君を可愛がっていたが、君に別れを告げて以来、同じように幼い性格の金泠嬢を見て、彼女をかわいがっているってわけだ」商蕊は一瞬にして怒り心頭した。「僕と同じ?彼女がどうして僕と同じなのさ?!彼女はただの子供じゃないか!」「さっきちゃんと約束したのに、また騒ぎ立てるのかい?」程台は彼を見ながら笑って言った。「師姉がどんな人か、俺より君が一番よくわかっているだろう。彼女は俺の可愛くもない二人の息子さえ好きなんだから天真爛漫で甘え上手の金泠ならなおさらだよ。君の師姉に心を開いているのは君とそう変わらないさ。だから彼女をとても可愛がっている。年齢も大差ないしもっと年が離れていたらきっと金泠を養女にするだろうね。」

蕊は怒りで荒い息を数回ついた後、突然大声で叫んだ「范金泠なんて僕と比べる資格があるもんか!僕は蒋夢萍を知己としている!彼女たちはただ遊んでいるだけ!比べようがない!」叫び終わると、苦痛に耐えながら腹を押さえてしゃがみ込み、汗をかき出した。「僕は彼女を知己として大切にしている。なのに彼女は僕を可愛がって遊ぶだけのおもちゃのように扱ってる!おままごとさ!范金泠だって僕の代わりにすぎない。彼女に対する思いを全く理解していない!」程台は彼がまた発作を起こしそうだと思い、煙草の吸い殻を踏み消してから彼を引っ張った。彼はまるで石のように膝を抱え、引っ張ってもびくとも動かせなかった。程台は力を込めやっと彼を引き上げたが、自分は足元がふらつき、腰が石の手すりにぶつかり、痛みが生じた。

蕊は程台を抱きしめ、顔を彼の胸にうずめて泣き崩れ「腹がたってしかたないよ」と呻いた。程台は彼の頭を押さえ耳にキスをし、かすかに笑って言った。「そうだね、よしいい子だ」商蕊は彼の力強い抱擁のなかでかすかに息をしながら、静かに震えていた。

*すべてWEB版のみ、読みずらいので緑ではなく黒字表記しています

119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止。




# by wenniao | 2023-11-30 22:05 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 58-2

58-2 墙角

蓄音機からはゆったりとした歌詞が流れすぐに商細蕊の声だとわかった。その声は喉の響きが艶やかで明るめの声だが音質は今ほど綿密で軽やかではない。程凤台はワインを楽しみ、歌に酔い、恍惚の表情を浮かべ、時の流れを振り返り感慨深く思った。彼が逃した美しい時光は今では耳を通して感じるしかないのだ。商細蕊はまるでやんちゃな猿のようにカウチの上でひっくり返り、とうとう靴まで脱ぎ足を程凤台の太ももに置き、酔っぱらったように半ば仰向けになりレコードに合わせて口ずさんだ。内心、それほど感慨深いわけではなく、ただくつろいでいた。突然彼はお尻の後ろに何かが当たっているのを感じ、手を伸ばしてカウチソファをさぐると赤ちゃんのでんでん太鼓と靴下がでてきた。小さな靴下を投げ捨て、でんでん太鼓で芝居の調子に合わせてリズムを鳴らし始めた。程凤台は彼の足の裏を叩いて「ちょっと静かにしてくれないかな」といった。

蕊は蓄音機の中で十五、六歳の年齢にいた。彼は既に平陽市周辺で有名になっていたが、中国全体で見ればそれほどでもなかった。商菊は彼を育てるために、班子(戯劇団)を連れて天津、武、広州などいくつかの地域を巡り、最終的に上海まで行った。レコード会社のマネージャーが彼を見出し、四枚のレコードを録音した。その中には彼の個人のものや他の歌手との共演も含まれており、各レコードの発売数は三百から四百枚程度であった。商蕊の名声が全国に広まり歌唱力も向上すると、真剣に二枚のレコードを録音すべき時期になったが、彼はもう声を小さな円盤に収めることを望まなくなってた。

「じゃあ商老板はなんでまたレコードを録音しないの?」程台は片手を商蕊のズボンの中に入れて彼のふくらはぎをもみ、商蕊にお腹を強く蹴られた。「素晴らしい歌を録音しないなんて、もったいないよ!青が舞台に立って黎伯もまだ元気な頃、君たちの得意な演目を録音して、ファンに楽しみを提供してあげるべきだったのに。」

蕊がなぜレコードを録音したくないのか、これには別の小さなエピソードがある。商蕊と彼の義父である商菊は、性格が似ていて自慢好きだった。最初にレコードを録音したとき、会社のマネージャーから多くの称賛を受け、彼は非常に光栄に感じた。しかし後に父親が亡くなり姉は結婚し、商蕊は班を連れて北平に移り宁九郎の下で学び、彼に深い尊敬の念を抱くようになった。ある日、彼は小さな路地を通りかかり、一軒の家の扉が半開きになっていて、女性が厚化粧をして髪に大きな赤いビロードの花を挿し、服のボタンが一つ外れ、壁に寄りかかって行商人と価格交渉している様子を目撃した。中には数人の男性が酒を飲んで賭け事をしている音が聞こえ、一目で売春婦だと分かった。商蕊は彼らの前を急ぎ足で通り過ぎようとしたが、その女性が言った言葉を聞いてしまった。「大銭二個でどう?それ以上は無理だわ。宁九郎の『碧玉簪』と『桑园会』を聴かせてよ。全部よ、一場面でも抜けたらあなたの蓄音機をぶち壊すわよ!」

行商人は大きな蓄音機を背負って、その女と一緒に家に入るとほどなくして快楽的な物音の中に宁九郎の揺らめく歌声が入り混じって聞こえてきた。商蕊は外で立ち尽くし、自分の耳には何千もの蟻が骨をかじるような感覚に襲われ、おもわずドアを蹴破って中に押し入りその蓄音機を叩き壊しそうになった。それ以降、商蕊はレコードを録音することに非常に抵抗感を抱くようになった。宁九郎は後でこの理由を知り笑顔で言った。「私たちは舞台で歌っています。下にはいろんな人が座っている。なぜ私の歌が非公開の場所に置かれていると、あなたは不満なのですか?」商蕊にはこの問題を説明するのは難しかった。彼はただ、ちゃんとした場所で演技するのは問題ないが、どこでも気軽に音楽を聞くこと、聞き手が不適切なことを言ったり考えたり、単に騒々しい雰囲気を楽しむために聴くことは好きではなかったのだ。それはまるで、彼が心から大切にしているものが侮辱されるようなものだ。宁九郎はこれを聞いて笑い、商蕊はまだ若いのに侯玉魁と同じくらいの堅物だと笑い話にした。侯玉魁も同じ理由で、一生にわずか二枚のレコードしか録音しなかった。しかし、その当時、商蕊は侯玉魁をまだ知らなかった。

レコードの蕊は歌っている:

——被纠缠陡想起婚情景,算当初曾得几晌温存。我不免去安排衾秀枕,莫他好春宵一刻千金。原来是不耐睡困,待我来再与你重订鸳盟。

(結婚した夜をふいに思い出させる。当初幾晩も楽しい時間を過ごし、二人の間に温かな愛情が長く続いたわ。あなたとの値千金の春宵を過ごすため私は絹のシーツと刺繍の枕で寝床を整えないと。寝室の準備に時間がかかったから彼は寝てしまった。次はちゃんと二人楽しむことができるでしょう。)

美声の歌声は聞く者を魅了した。程台はグラスを置き、商蕊の前に来て意味ありげに笑顔を浮かべた。彼の眼にはその笑顔はたいがい卑猥な意味に映っている。商蕊はでんでん太鼓をかかげ、程台の顔を遮るように振った「ほらほら楽しいでしょ?」程台はそれを奪い取って遠くに放り投げ、商蕊の長衫のボタンを外し始めた。「あれは面白くないけど、こっちは面白い。」そう言いながら、彼はカウチソファの上に膝をつき、体の重みを彼の上に乗せ、不器用にその葡萄ボタンを外そうとした。この長衫は新しくあつらえたものでボタンが特に硬く、商蕊は黙って首を上げ、彼がやりやすくするために協力してあげたが口では彼を嘲笑った。「ハハ!ここはあなたの義弟の家だよ!この恥知らずの大色魔!」

程凤台がやっと一つボタンをはずし終わると動きを止めた。商細蕊はこの色魔が自分の言葉に反応して改心したのかと思い、立ち上がって話をしようとしたが、程凤台にしっかりとマットに押さえつけられた。「動かないで、ちょっとの間眺めさせて」そういうと夢中で商細蕊のあごから首にかけてのライン、首の間に細く続く鎖骨を見つめて感嘆した。「商老板から学んだのは、ボタンを一つはずすと首の一部が露見し、つつましさの中の誘惑が人を挑発するものだってこと。女性のチャイナドレスも同じデザインだけど、この味わいは別格だ」商細蕊は手で首を隠した。「范涟にも長衫を着せて毎日ボタンをはずして見せてもらえばいいんじゃないの?」程台はその光景を想像しただけで嫌気が差した。それから本業に戻り、商蕊の手を数回へし曲げようとしたが、彼は手を固く閉じ首を見せるつもりはなかった。この俳優はとても開放的な一面も持っていながら同じことでも突然羞恥心から頑固になることがある。程台はまだその法則を掴みきれず、何度か試みたがついに笑って言った「手で隠していてもいいよ、絶対手を離してはいけない、何があってもだめだからね。」

商細蕊は程凤台を見つめてまじめに純粋な目でうなずいた。程凤台は彼のそのまなざしに全身がむずむずし、下半身が爆発しそうになった。商細蕊のズボンを膝まで引き下げ自分はズボンをといただけ。潤滑剤がなかったのでそのプロセスは非常に困難で、少しずつ濡らしすこしずつ擦り、すっかり汗まみれだ。最後には代わって商細蕊に先にいってもらい、その精液を彼のお尻に塗り付け、やっと首尾よく挿入することができた。程凤台は満足そうにため息をもらし商細蕊のふくらはぎにキスをした。商細蕊は射精した後恍惚とし、程凤台はほてった体で華奢な狭くて柔らかいカウチソファに彼をぎゅっと押し込めた。彼は蓄音機の中で数年前の自分が芝居を歌っているのを耳にし、同時に自分は男に突かれてあられもないことをしていた。こんな淫らであっても心の中には奇妙な感覚が生まれ、まるで心神喪失したようだ。手足の力が抜けそっと程凤台を押し、深い安堵のため息をついた。彼は程凤台に押される窮屈な感じが好きだと気づいた。

台はせかすように笑いながら「商老板、早く首を隠して!君の素敵な首はすでに俺に見られてしまったよ!」商蕊は程台のからかいに当惑し、幻想の中にいて首を隠すように言われると、その通りにすぐ首をしっかりと隠した。それは自分の首を絞めているかのようで、愚かで笑えた。程台は大笑いし、徐々に動き出した。二人の上半身の服は整っているが、下半身は大胆に露出している。商蕊は自分の歌に合わせて、高音と低音とでハミングしている。程台はこの状況に特別な罪悪感も感じずただその新しい感覚を楽しんでおり、商蕊をわざとさらに刺激し、彼に声を押し殺すことをできなくした。

一枚のレコードが終わり、午後の時間も過ぎ、食事の時間がやってきた。范はこの二人が一旦つるむと膠の如く離れ難いことを知っているので、使用人が呼びに行っても彼らを動かすことはできない。商蕊にとっても、これは十分な敬意ではないように思ったので、客を置いて自ら呼びに行くことにした。ドアの前に立つと異様な物音がし、つい思わずノブを回し中を見ると、程台と商蕊が本当にくっついて一緒にいた...二人のおしりはまだつながっている!蕊は驚いて言った「おや!」程台は怒って言った「ドア閉めて!」

は今日、商蕊と少し話したことで愚かさに少々感染したので、ドアを閉めて自分も部屋に閉じこもってしまった。外に出ようと思っても、廊下にちょうど二人の女性が現れ、暑い天気と広間に風が通らないことに愚痴をこぼしていて、おしゃべりをしている間去るようには見えなかった。范が外に出れば、彼女たちは一度振り向いて、部屋の中の光景を簡単に見ることができてしまうだろう。台は怒鳴った「お前目をどこにつけてんだ?ドアの花輪を見ずに中に入ってくるなよ!」

は非常に恥ずかしがったが口答えをし「あなたは我が家に来た役者を台無しにしましたね。この人でなし!」彼は真面目な学生で、汚い言葉は簡単に吐かないことから真剣に怒っていることがわかった。彼は二歩前に出て、声を低くして程台を怒鳴りつけた「あなたは嘘をついてましたね、あなた方はセックスしか頭にないんでしょう?ああ、どうせ私は盲目だ、あなたの事を信じられなかった!」

台は今まで喧嘩を売るような状況に遭遇したことはなかったし、似たような状況は踊り子や娼婦のところで見たことがないわけではない。なぜ今回特別に我慢できないのか?彼も怒鳴り返そうとしたが、商蕊は震えながら真っ赤な顔で范を指差し言い放った「お前、後ろ向け!」

は驚き、すぐにくるりと背を向けて立ちすくんだ。彼も怒りっぽくなっていたが、義兄を非難するのに夢中で、この役者先生の事をうっかりしていた。しかし、ちらっと振り向くと、彼の体は湿って陶酔し身を縮ませていて、精力的にしていたことを物語っていた。商蕊はもう恥ずかしいことなど気にせず、快楽の中で目に涙を浮かべ、程台の頬をそっと叩いて自分に向くようにして言った「ねえほら動いて、早く!」

台は指示に従い、范の前であることは気にせず力強く行動を起こした。范は商蕊の口ぶりにお可笑しくなり壁に向かって首を振りタバコを取り出して吸った。彼は程台が子をもてあそんでいると思っていたが、実は子が彼をもてあそんでいるようだ。いつも言われた通りにしないとビンタを食らうし日々疲れ切っている。今日はこんな義兄の姿を見て日頃のうっ憤を晴らすことができた。やれやれこの売春男め!

台と商蕊はすべてを終えさっぱりとし、テーブルに置かれていたレースのテーブルクロスを取り出して身体を拭き、ゆっくりとズボンを履いた。范はやっと振り返り、笑顔で二人を見つめ「あなた方二人、まさに西门と潘金だな。私の家を王婆茶だと思ってるでしょ!」

台は商蕊の背中に跨り、「ねえ金!早く彼をおばさんって呼んであげて!」と言った。商蕊はこの冗談を受け入れず、真剣な表情で黙っていた。顔はまだ紅潮していたが他のことは一切知らんぷり。彼は羞恥心を隠すために真剣な態度を装い、まるで程台と一緒に寝たことがなかったかのように振る舞っていた。「やめて!僕をからかわないでよ!私はそれに耐えられません!」范は手を振りながら言いました。「それからこのソファも持って行って。見ていると頭が痛くなるよ。」程台と商蕊はこのソファには思い入れがあったので本当にそれを持って行くつもりだった。

は「もういいよ、ただ食事の準備ができたことを君たちに知らせに来たんだ。楼下ではもう食べ始めているだろうから顔を洗ってすぐに降りてきて。」といい部屋を出ようとしたその時、床に散らばった何枚かの壊れたレコードを見て、素っ頓狂に叫んだ。「げげっ!これは誰がやったの?!」商蕊はまだ無言だった。程台は「とにかく俺じゃないよ。俺はそんなに無礼ではない。」商蕊は不満を表すために冷笑した。范は床にしゃがみ込み、悲しみのあまり泣きそうになった。「廃盤なんだよ!私の商老板よ!全部壊れてしまった!これは誰がしでかしたのか?ああ、痛々しい痛々しい!」言葉の繰り返しは、彼の深い心の痛みを感じさせた。これらのレコードは范が平陽から関外へ、そして関外から北平へ持ち帰ったもので、商蕊が曹司令官と一緒にいた数年間、これらのレコードを聞いて孤独を癒していた。今ではお金を出しても手に入れることが困難である。

台は鏡の前でネクタイを締め彼を無視している。商蕊は我慢できずに「そんなふうにしないで。私はここに生きているじゃない!お墓の前で泣いているみたいなことしないでよ」といった。程台は鏡の前で大声で笑い出したが范は笑える状態ではない。商蕊は続けた「それに、全てが壊れたわけじゃない、まだ一枚あるよ!」范の目が輝いた。商蕊は蓄音機から「春梦」のレコードを取り出し、力を入れてへし折り、それは范の目の前で真っ二つに砕け散った。「これで全て壊れちゃった」

台は我慢しきれず狂ったように笑い、商蕊の額にキスをした。范は怒って何度も叫んだ「義兄さん!あなたもなんで彼を叱らないの?甘やかしすぎだよ!前はこんなことしなかったのに!」程凤台は答える「彼の力は強すぎて、俺には制御不能だ。」商蕊は言う「私は前からこうでしたよ。お互いまだ知らなかっただけです。」范はそう聞いて名優によって個人的に認められたような名誉を感じ、いくつかの興行チケットを融通してくれるということで和解した。

*すべてWEB版のみ、読みずらいので緑ではなく黒字表記しています

119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止


*ああ、もうこの二人自由すぎる!誰にも止められない。范涟めげずにおつきあいよろしく。二人がいちゃこらしていたソファ、ですが原作だと「欧式的榻」直訳すると「ヨーロッパ風プリンセスソフトマットレス」、検索するといわゆるお姫様カウチソファ。ちょうどラジオドラマでこの部分の挿絵があり、まさにこのシーン、ということで載せさせていただきました。商老板、でんでん太鼓持ってる!

*商老板がレコードを残さなかった理由がわかりました。少年商細蕊の気持ちもよくわかるけど、さすが大物、師匠の寧九郎、芸の世界に生きる不動の貫禄がありますね。

*唯一残って「いた」商老板のレコード「春梦」から流れる一節は有名な部分のようで、参考動画もいくつか見つかりました。まだ出会っていなかった頃の商老板のういういしい声を聞いて、程凤台の感慨もひとしおだったことでしょう。(しかし商老板にはこの世から抹殺したい黒歴史…)

https://youtu.be/cWKANE3cv1U?si=gqdYyHtqRTpUzDZ


「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 58-2_f0067385_09424537.jpg


# by wenniao | 2023-10-21 18:03 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 58-1

58-1 墙角

台は老太太たちの部屋を後にして商蕊を探したが、彼はどこかに隠れてしまっていた。外では子供たちが庭で遊び、一階の大広間では紳士淑女たちが酒杯を片手に軽食を楽しみ、ひそやかに話をしていた。その中で、范と薛千山は特に仲が良く二人は長いソファに座って、薛千山は葉巻を吸いながら目を細めて頻繁に頷き、もう一方の手で范の肩を抱いていた。この二人の資本家は、まるで同じ母親に育てられたように親し気で明らかに何らかの陰謀を巡らせているように見えた。

いつもは程台は薛千山と挨拶を交わすことすら面倒くさいと感じていた。遠くの階段口で、トレイを持ったウェイターに合図して范にメッセージを伝えさせた。ウェイターはこのようなことは日常茶飯事で、身を乗り出して酒を范の前に持っていき階段口をじっと見つめ頷いた。范は暗示を受け取り、薛千山を置いて程台のもとにはせ参じた。程台はソファの肘掛けに寄りかかってタバコを吸い、不満そうに言った。「彼と何の話で盛り上がってたの?気をつけろよ、どうせ良くない話だろ!」

台が薛千山に対して抱く恋敵的な態度には気づかず、笑顔で「どこの誰が良い話なんて言ったの?どこにも良い話なんであるもんか。お金を稼ぐことは、誰が誰をだますかを見ることさ!もちろん、私も彼をだますつもりはないよ、一緒に金儲けしようじゃないか!」程台は彼の自信たっぷりの口調を聞き、すでに金を手に入れたかのような態度を見せたことに気づき、尋ねた。「また工場のこと?」范はこの義兄が家族全員で移住の準備していることを知っており、工場の設立には反対するだろうと思っていた。すぐに声のトーンを落とし神妙に説明した。「今回の上海の繊維工場はおいしい話だ。私たちはうまい汁を一緒にすうことができる。」程台はすぐに理解しタバコを消し、范の腕をつかんで外に連れ出した。良いことは家族に隠しておくべきだ。そして、工場の規模や販売経路について尋ねることなく、ただ「私も参加させてほしい」と告げた。

は彼の胸を軽くたたき、笑いかけた。「あなたがこの話にのってくれるのはわかっていたよ!あなたは本当に賢い!だから、先に知らせずにまず周りを固めてからと思ってさ!」

この時期、上層階級はひどく腐敗しており、表立って金儲けをすることは難しかったため、門下生や子弟に工場を経営させたり商売をさせたりして、裏で手助けをしていた。范家は南京に親戚筋が高官として仕えていた。薛千山は話がうまく手腕があり、程台は商売をしているので手元には動かせる資金があり商品の供給も豊富だ。三人は、一人は権力を提供し、一人は力を提供し、一人は資金を提供し、工場を迅速に立ち上げ、その結果日々金を稼ぐことに問題はなかった。程台は薛千山の方をちらりと見て、「こんなに早く彼をまるめこんだの?」と尋ねた。范は笑って「こんな願ってもないいい機会、彼に何か問題でもあるの?私の家族はみんな北平にいるし、私がだますことなんて彼だって恐れちゃいないさ!」と言って、ため息をついた。「ああ、私たち二人は日々楽しく怠けることが好きだからね。あくせく日々働いたってこんな財産は手に入らないよ!」

台も笑顔で「よく働き楽しく過ごすことが大事さ。お金について言えば、一生分を稼いだよ。犬のように疲れてまで金を追い求める必要はない。健康に気をつけないとね。」といやらしそうに范の肘を叩いた。「君はまだ結婚していないし、特に健康に気を使わないとね。」范は顎を薛千山の方向に向け「この紳士は私たちとは違う考えを持ってる。自分の母親や妻を置いてまで懸命に金稼ぎをしている!彼の家はそれなりに裕福だと言えるのにちょっとの金もうけのためにこれほどの距離をやってくるかね?」程台は言った。「本当に貧しい出自の人は、たとえ地面に落ちたゴマでも拾って食べるだろう。彼は母親を大事にするのと同じくらいお金が大事、貧乏に怯えているんだ!」

は感嘆の意を込めて首を振り「時々彼には尊敬するよ。ゼロの状態からなんの後ろ盾がないままひと財産を築き上げるのは本当に簡単ではないからね。彼は才能がある。と同時に本当に我慢ならないこともある。少しのお金を稼ぐために、生活を犠牲にすることはないだろう。彼が次から次へと迎え入れている姨太太たちとちゃんと過ごしているとは思えないよ!」といった。程台は悪戯っぽく笑った。「何を心配しているの?私が彼に手を貸したこともあるじゃないか。」

はかつて程台と薛家の八姨太と一緒に過ごしたことを思い出し、悪戯っぽく笑った。笑い終えた後、世の中の苦労を経験したと自負している二人のお坊ちゃんは、同情と軽蔑とを同時に薛千山に向けた。たとえ実際に苦労を経験したとしても、本質的にはお坊ちゃんはお坊ちゃんであり、生活を楽しむこと、快適さを求めることが最も重要である。下層階級からの出発で、懸命に努力して少しでも多く稼ごうとする人々に対して、すくなからず見下すような態度があった。

は、程台と薛千山と共に計画を詳しく話し合いたいと考えていた。しかし程台は周囲を見渡し「今日は君の家は騒がしいし人も多いしゆっくり話す場所じゃないよ。まず君が彼と話して決めて、後でまた会って話し合おう。」范は考えた結果、その提案を受け入れた。彼は振り向いて立ち去ろうとしたが、程台に呼び止められた。「あれ、あの人!芝居歌う人、どこにいるの?」

「どの歌手のことを言っているの?今日は何人かの芸達者が来ています。男役、女役、詩歌い、武役、どのタイプが好みか教えてくれれば紹介しますよ。」誰のことを指しているのか范はすぐにわかったが、わざとすっとぼけた。「歌唱力については別として、容姿やスタイルは例の人にも負けないけどね」程台が彼を蹴る前に、「はいはいわかりましたとも。姐夫、今は他の歌手に目移りする余裕はないですからね。楼上の一室にちゃんと案内しておいたよ。私はどうせ『王婆的茶』ですからね」とため息をついた。

台は両手をズボンのポケットにつっこみ、のんびりと階段を上っていき、に微笑みかけた。「おまえ、分かってるね」突然、范は程台の腕をつかみ、豪華な階段の手すり越しに彼を見上げた。この姿勢で、范の白い顔は照明の下で鮮明に見え、まるで平らに広げられた白い布のように笑顔がなくまじめに見え、声も神妙だった。「さっき、彼と少し話しをしたよ。あなたがどれほど好きかはわからないけど、少なくとも彼はあなたのことがとても好きなようだ。」この言葉には多くの憂いが込められていた。程台はすべてを理解し、無意味に心を乱されたように感じた。范は伝統的な大家族の中で育ったせいか特別な才能を持っていた。人間関係や世故に巧妙に対応する能力があり、物事や人物を非常に正確に見極めることができた。彼はこの冷静さと鋭さを活かして今日まで生きてきたのだ。程台は范の質問のような言葉に、まるで商蕊が自分をとても好きだということが当然のように受け止められ、それが明白な悪影響をもたらす可能性があることに気づいたようだった。明らかにこの話題をする場面ではないが程台は考えた。程台と范は多くの年月を共に過ごし、何でも話し合う仲だったが商蕊の件については深掘りして話すことはなかった。それでも程台は簡単に言った。「俺が彼に対する気持ちと、君が思っている気持ちとおそらく少し異なるかもしれないな。どこが違うのかは尋ねないで欲しい。それは説明が難しすぎるよ。話したところで君が理解できるかどうかはわからない。」実際、商蕊もほぼ同じように答えていた。彼らは范にはっきりと話すつもりはなく、事実を隠していた。「俺たちはつきあっているが君が思っているような芸人遊びじゃあない。」范は言った。「私もあなたがその手の遊び人ではないと思っているよ。私はあなたが心から恋愛していることを知っている。」

彼らは長い間一緒にいたので、范は程台の趣みをよく理解していた。商蕊は愚鈍な青年で、全く色っぽくもなく、程台が通常楽しむ対象ではない。新しい経験をするためと言ったら、それにはあまりにも時間がかかりすぎている。程台は新しいもの好きで、どんなに美味しい料理でも二、三年食べてたら飽きてしまう性格。あの踊り子に対する態度も同じだ。しかし、商蕊に対しては、一般的な気持ちとは異なる真摯な感情を抱いていることを范は知っていた。しかし、恋愛という言葉を使うのはわる乗りがすぎる。なぜなら、范は恋愛は悲しみや複雑さや煩わしさがつきものだと考えており、二人の男性がどのように恋愛をしているのか想像ができなかったからだ。特に商蕊は率直で鈍感であり、繊細で優美な情緒が欠けている。程台にとっては難しい相手だ。彼ら二人の愛情表現や喧嘩の際の様子など想像することができない。彼と自分のガールフレンドの状況を考えると、二人がどのように振る舞っているのか考えるのは奇妙で不快に感じられた。

台は范の皮肉を理解せず、言いはなった。「恋愛というのはそんなに単純じゃない。恋愛をするのに、なぜ彼なんかを選ぶ?彼と何の愛を語るっていうのか!... おまえはなんでいつも恋愛とかベットインについて考えているんだ? 汚らしいな!」范は反論しようとして目を丸くしたが、程台は彼の腕を軽くたたき「もういい、お前はこれについて心配しなくていい。俺には分別がある。」そう言い終わると軽く彼を振り払って階段を上って行った。范は不快な気持ちを抱えながら、彼らが同じ言葉を使っていることについて考えた。彼らはおそらく裏で共謀しており、人々を惑わすためにわざわざここに来たのだろうと思った。そして、彼らに質問することで、自分がお節介を焼いていると感じさせたくないとも考えた。将来何か問題が起きた場合、泣きついて助けを求めてくることがないように。以前、程台は范を「非常に信義ある好人物」と褒めたことがあったが、おそらく将来本当に難しい状況に直面した場合、范涟は現在予想しているほど冷酷にはならないだろうと考えた。しかし、今は冷酷な感情を抱いて薛千山のそばに戻った。薛千山は彼の顔色が良くないことに気づいて、遠くを見つめてから笑顔で聞いた。「程二?」范は微笑み「彼は私の義兄じゃない、まるでかたきみたいさ!」といった。薛千山は頷きました。「もう言わない言わない、もう君たちが親戚だと忘れていたくらいだよ。それで商老板も今日来たのか?」は驚いた。なんと、薛千山までがこの二人の秘密を知っているとは!茫然として微笑みながら答えました。薛千山は大胆な調子で「いいぞ、ちょうどいい時に来た!」といった。何をしようとしているのか、范にはわからなかった。

二階のリビングルームと洗面所はすべてゲストに開放され、ゲストは部屋に入ると、洋風のパーティーに習って、邪魔をされないように部屋のドアノブにかけられた花輪を外して外に掛けておく。商蕊はもちろんこのユニークな習慣を知らず、程台が外に立っていると、中からレコードの音楽が聞こえてきた。商蕊以外の誰かではないだろう。ドアを開けて中に入り、花輪を外に掛けようとすると、商蕊が一列のガラスのケースの前でレコードを選んで手に取っていた。程台は一枚取り出して見ようとしたが、商蕊はしっかりと握りしめて離さなかった。程台は商蕊のお尻を軽くたたいて言った。「離せ!それを見せてくれ、何か問題なのか?」

蕊は不機嫌そうに一枚を渡した。それはなんと彼が昔に録音したアルバム「零泪」だと分かった。ここ数年、彼よりも劣る歌手たちがアルバムを次々とリリースしていた中、商細蕊は何度もレコード会社の申し出を拒絶し、頑なに録音はしないと言い張っていたのだ。他の数枚のアルバムも見てみると、「庚娘」、「春梦」、「十三妹」、「」など有名な歌唱シーンが含まれており、唯一の例外として「楼二尤」は蒋梦萍とのデュエット曲だった。これが彼のタブーの対象になるほどのものであるはずはなく、二度と録音をしたくない理由にはならなかったはずだ。

台は一枚を取り出して蓄音機にかけようとしたが、商蕊は急いでそれを取り上げ、他のものと一緒に三枚一気に太ももに叩きつけて、全てを真っ二つに折り曲げた!程台は非常に心を痛め最後の一枚を隠し、驚きと怒りで商蕊を睨みつけた。「君、狂ってるのか?!素晴らしいアルバムを壊して何が面白いんだ?この馬鹿が!」商蕊は一言も言わずに襲ってきた。二人はもみ合い、もつれ合いながら、喧嘩になった。商蕊は程台を欧風のカウチソファに押し倒し、彼のスーツをしわくちゃにした。息を切らして言った。「それを僕に渡せ!」「何で君に渡すんだ!また壊すつもりか?」「昔、僕の歌は下手だった!」「下手だからって壊すつもりか?君、どんな性格だよ!」「だからこそだ!早く渡せ!これは僕のものだ!あんたには関係ない!」程台はレコードを高く掲げ、一方で商蕊を押さえつけた。商蕊は彼の上にのりあげ腰をくねらせ手を伸ばし、彼の怒りを引き起こした。一方は過去の満足できない歴史を破壊しようとし、もう一方は愛する人の知らない過去を守ろうとしていたが、どちらもそれが范のコレクションであることを忘れていた。彼らはゲストとして、主人のコレクションを勝手に奪い合う権利は持っていなかった。

商細蕊が本気で喧嘩を始めると、程台は温室育ちのお坊ちゃんとして対抗できないことを悟った。彼はまるで若く力強い雄ヒョウのようだ。彼の筋肉は引き締まり、しなやかでタフで、彼の上に倒れ込んで蹴りまくり、腸が裂けそうになり肋骨に痛みを感じた。程台は二度咳こみ彼のお尻をたたき「くそっ、もう一度騒げば殺すぞ!」といった。商蕊は鼻先に鼻先を突きつけ、怒りに満ちた目で言った。「来いよ、やってみろよ!」程台は彼の鋭い視線に急速に刺激され逆に声を柔らげて彼の耳元で言った。「それじゃあ、俺に聞かせてくれ。商老板が昔歌っていた声を」商蕊は疑わしく「聞いた後、渡してくれるのか?」と尋ねた。程台は保証した。「必ず渡す。さあ、立ち上がって。二は君に潰されちゃうよ!」

蕊は身をひるがえし程台から離れて華奢なカウチソファに座りその長い表面を軽くたたいて言った。「外国人のこの椅子は本当に快適だね。マットレスやソファよりも快適だよ。」「中にスプリングはなく、スポンジだけだよ。快適だろ?気に入ったら一つ買ってあげるよ。」彼は商蕊のアルバムを大切そうに置き、二杯の赤ワインを注ぎ一杯を商蕊に手渡した。商蕊は口をつけて一気に飲み干し、舌を鳴らした。「酸っぱい、まるでロバのおしっこみたい。」程台は眉をしかめて笑った。「ロバのおしっこが酸っぱいってどうして知ってるの?ロバのおしっこだって、君のように飲むもんじゃないよ。」そして、彼にもう一口注ぎ、隣に座った。


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*『王婆的茶』は「水滸伝」に出てくる王おばさんの経営する茶館。武大の隣人で、彼の妻である潘金蓮と西門慶が浮気をする手引きをしたとされる。なるほど!范涟ったら(誕生日当事者なのに)義兄を心配しつつ気をつかってる。なのに。。。心配して逆切れして罵られるわ、収蔵のお宝レコードを勝手に商老板にぶち壊されるという悲劇に見舞われるわ…ほんとお気の毒(^^;)。


# by wenniao | 2023-09-28 15:55 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 57

57 寿宴

侯玉魁がこの世を去り、商蕊は水运楼に三日間自発的に哀悼の意を込めて芝居を休ませた。と同時に最近の疲労と傷心を癒したいと思った。商宅では、侯玉魁の古いレコードが絶えず流れ、商蕊は白いシャツとズボンを着て、庭で戯曲の音楽に合わせて剣を舞っていた。この季節、小道には柳の綿毛が舞い、エンジュの花が咲き誇り、これらの小さな清白な花びらが人々に降り注いでいた。北京では一年の半分は雪が降っている、槐の花と柳の綿毛は北京の春の雪だとそう程凤台はよく口にした。風が吹き花びらが庭いっぱいに降り注ぎ、商蕊は花のシャワーを浴びているようだ。若くて細身の体つきは、風の中で舞う白い絹のように優雅でしなやかだ。

台は扉を押し開けこの風景を見ると、思わず目を奪われ、扉の枠に寄りかかって腕を抱え、静かにそれを眺めた。本来、舞台で演じられる剣術はその姿形が特長で、これだけで武林で独り立ちするには物足りないかもしれないが、さすが見た目は美しいと言える。修練した体と剣は一体化し、優雅で風格のある仙人のような雰囲気を漂わせ、格別優美だ。隣家の二人の少年も鼻水を垂らしながら壁に寄りかかり、楽しんで見ていた。彼らはまるで漫画の中の大侠である白玉堂のように感じているのだ。商蕊は彼らが見ていることを知っており、剣を振るうことを止めず、一連の動きを終えると腰をかがめ、剣の先で梅の木の下の泥から石を掘り出した。程台はこれを見て、子供の目を傷つけるかもしれないと心配したが、止めようとしても遅すぎた。幸いなことに、商蕊はただ彼らを怖がらせるつもりだった。石はす速く飛んでいったが屋根瓦に当たって子供を驚かせ、彼らは壁を跳び越えて逃げ出し、その後、壁の向こうで痛みで叫ぶ声が聞こえた。

蕊は子供たちをからかった後、得意気になり、隣の壁越しに言った「これで何回目?もう一度壁に足をかけたらお母さんにいいつけるぞ!次は容赦しないからな!」そういうと同時に剣を鞘にしまい、汗で濡れた服を脱いで椅子にほうり投げた後、急須を手に取り注ぎ口から口へとひと口飲んだ。程台に手招きしながら言いました「二、おいでよ!」 さっきの美しい水彩画のような舞剣は一瞬で壊れ、まるで幻想だったかのように感じられた。商蕊は仙人のように舞っていた姿から、花火みたいな性格の戯子に一瞬で戻った。

台は彼の服をかけ直して言った「何てやつだ、真っ昼間に裸で庭に立ってるなんて!小来が見たら君だって恥ずかしいだろう!」「小来は今日家にいないんだよ」商蕊は不機嫌そうに言った「お腹がすいて死にそうだったんだ」程台は彼の下あごをつつき「それならちょうどいいね!いい服を着て范公に行こう。今日は范の誕生日なんだ、気分転換に連れて行ってやるよ」といった。通常、商蕊は余計な社交や義理を避けることが多く、今回も即拒絶した「行かない!范はまた私を招待しなかったんだから!」

台は商蕊がそう言うだろうと予想し、ポケットから招待状を取り出し、それを開いて彼の前に差し出した。「ほら、自分の名前が読めるだろ?その前は葬儀で忙しかったから、彼は君の行方が分からなかった。今日は特別に君を招待するために俺を派遣して来たんだ。さあ、一緒に行こう、范は宮廷料理長を雇って料理を用意してる。本格的な中国料理を楽しめるよ!ライチーの木で焼いた大きなガチョウを試してみて!」

蕊は料理長と満漢全席に心動かされすぐに程台に従って誕生会に向かったが、「宮廷料理は何度か試したけど、あまり美味しくなかったし、合仙居の料理には遠く及ばないよ」そして「僕は手ぶらだ、贈り物を用意してないよ!」と口に出した。

実際、范はもともと商蕊を招待しようとしていなかった。彼の誕生日はまず家族が集まるべきもので、二奶奶と蒋梦萍が出席する以上商蕊を招待することはまったく考えられないし、招待したら祝宴も台無しになる。しかし、偶然にも二奶奶は三番目の息子が生まれて以来、気分がすぐれず時折不機嫌になり、子供を連れてもでかけられないし天気が暑いことも嫌がり、急に行かないことに決めた。彼女が来ないと蒋梦萍も来ないという事で、二奶奶につきそい程宅にいのこることに。そこで范は程凤台に商蕊をさそってもらうことにした。商細蕊との関係が最近少しぎくしゃくしていたし、それがなぜかは自分でもわからないが、彼に愛想よくしておきたいと思ったのだ。

台は笑って言った「商老板が行くこと自体、范にとっては面目を保つことだよ。彼が贈り物をねだるなんて言ったら、よこっ面を張り倒せばいいさ」

范家は北京にあって曹司令官と同じように、近くの洋風の別荘に住んでいたが、家族数が多いため曹司令官の家よりも大きな家だった。大きな別荘は父親の複数の妻と弟妹たちが住んでおり、後には寡婦の叔母と従兄弟従姉妹たちも加わった。もう一つの小さな別荘はそれぞれの使用人と老婆子たちが住んでいた。それでも范家は関外での広々とした環境に慣れており、洋風の家でさえ窮屈さを感じていた。寡婦と子供が多いため、日常的に喧騒や泣き声が絶えず、混沌としていた。范は外では有能なビジネスマンでありながら、家では家族の中で威厳のある家長ではない。程台は怒ると時折強情な匪賊のような気質を表すが、范は庶子として、幼少期から耐え忍ぶことに慣れていて、今でも実母や数人の伯母たちに時折困らされ委縮していた。彼が外で踊り子と同棲しているのは、こんな家から逃れるためであり、その動機は実は少し哀れなものであった。

蕊と范は知り合ってもう十年にもなるが、誰も詳しく説明しなかったため范が范家堡全体を継承し、皇帝になったかのように富み、威厳があると思い込んでいた。しかし、実際には太后や太妃が後宮で権力を握り、外朝では皇叔たちが私腹を肥やしている。そのため范は同治帝や光帝よりも厳しい日々を送っていることを知らなかった。商蕊は車の中で范にとても同情した。程台はこの機会を利用して仲介役となり、彼を見つめて笑って言った。「だから、范がどこかで誰かを怒らせたりなにか不備があっても、俺たちは彼を責めたりはしないようにしよう。彼は実に親切で正直な人間だよ。」蕊は無表情で何も言わなかった。

范家に到着すると、庭園はすでに立食ビュッフェ風に装飾されていた。広間は狭すぎるので子供たちが家の装飾品を壊さないようにと、草地に白い布が敷かれた長いテーブルを出し、その周りに数人の子供たちがいた。程凤台を見ると子供たちは一斉に駆け寄って「姐夫!」と叫んだ。程凤台は自分の子供たちにはあまり興味を示さないが他の子供たちには非常に親しみやすく接した。一番小さい子供を抱き上げ顔にキスをし「何を持ってきたか見てごらん!」と言った。

老葛は車の後ろから黒松ソーダ二箱、フルーツキャンディ二つの大箱、さらにたくさんのクッキー、チューインガム、チョコレートを取り出した。子供たちはみんな喜び、すぐにキャンディを奪い合って喧嘩を始めた。一人の幼い女の子は力不足で、髪を引っ張られて泣き叫んだ。老葛はすぐに使用人二人を呼んでキャンディを家の中へ運ばせた。程凤台は微笑みながら子供たちが泣いたり騒いだりするのを見て、范が家を育児所のようにしてしまったことについて考えた。子供たちは大家族の子供らしい態度を全く持っていなかったからだ。

は珍しく白いスーツを着て、自ら出迎えに出てきた。彼は子供たちを避けるように足元をかわし、商蕊に笑顔で近づきながら挨拶した。「蕊哥儿!あなたを待っていたんだよ!あなたが来なかったら私の誕生日は全然楽しくなかったよ!うん、蕊哥儿、ますますかっこよくなった、実に上品だよ!」程台は范の言葉の乱れた様子、商蕊が「かっこいい」と褒められたことに嬉しそうに微笑んでいる様子を見て、彼の本性を理解した。范は程台の肩を軽く叩き「姐夫」と呼びかけた。程台も彼に応じて肩を叩き返し、「商老板を案内してあげて、俺は先に姑に挨拶に行くよ」と言った。

台の義母である范老太太は、范家の実母であり、二奶奶の母親である。不思議なことにこのような裕福で権力のある家庭では、しばしば父親が早く亡くなり、複数の夫人が長寿を保つことがある。范老太太はまだ高齢とはいえないが動くことをあまり好まず、ほかの人にお茶とたばこを出してもらっている。数人の伯母たちも同様に伝統的な衣装を着ており、その中でも最も若い人も三十代だが上の古い世代に属していた。彼女たちは老太太の周りに集まりおしゃべりを楽しんでいた。范の誕生日のような若者が多い場面では、彼女たちはあまり目立たない。

台が話に入ると、范老太太は范家堡の栄光や、亡くなった夫がいた頃の誕生日には遠くから名優がわざわざ駆けつけ演奏会をしたものだと思い出話しをした。そして、范はセンスが悪いとこぼし、大広間で演奏させた西洋楽団に不満を述べ、去年家に来て《虹桥赠珠》を歌った商蕊の方が良かったと嘆いた。商蕊は武功の技も素晴らしかったと。

二人の若い伯母たちは商蕊の名前が出ると、顔にほのかに恥じらいの表情をうかべ一人は不自然に微笑み、もう一人はハンカチで口元を拭き咳払いをした。この二年間、程台はなぜ商蕊が絶えず女性から関心を寄せられているのか理解できなかった。あんな横柄で情のない男を誰が気に入ってくれるというのか。逆に自分はスマートで颯爽とし范宅の内堂にも堂々と出入りしていたにもかかわらず、どの老姨娘も自分に好意を示したことがなかったことが不思議だった。程凤台は笑って、「范涟は素人で、商老板に芝居をさせる資格はありません。お義母さんが誕生日を迎える時には水雲楼を招待しましょう」と言った。彼は彼女たちに商細蕊がここに来たとは敢えて言わなかった。後ほど未亡人たちにお慰みのために呼ばれたら、まるで売春する芸子のようになってしまうではないか

台が姑に挨拶をしている間、商蕊は范に連れられ客室に案内され、料理や西洋音楽の演奏を楽しんでいた。范は商蕊のそばでつかず離れず冗談を言い、これ食べてみてあれはどう?と他の客はそっちのけだった。商蕊はすべてのデザートやプリンを試食し、カップに入ったミルクティーを持ってソファに座り、ゆっくりと飲みながら正餐を待っていた。彼は今日は他に何かをするためではなく、美味しいものを食べるために来たので、のんびりと過ごしていた。

は商蕊がまだ多少不機嫌な顔をしているものの美食の楽しみを経て、比較的幸福な気分にあるようだと思い、軽めに尋ねた。「蕊哥儿、私たちは長いつきあいだよね。お互いの性格もよくわかっている。私はずっとあなたを尊敬しているよ。」商蕊は一口茶を飲みながら「ほう」と答えた。心の中では、誰もが自分を尊敬するだろうし、それに聞いてどうするのさ?と思った。しかし、范は哀れな表情で言った。「でも蕊哥儿、最近何かあなたを怒らせたのかな?なんで私に対してこんなに冷たいの?」商蕊はまだ彼を見ず、ただお茶を飲んで「ほう、あなたが自分で言えばいいんじゃない?」と答えた。范は焦って言った「私が何を言ったか、何をしたのか、言ってみてくださいよ。」商蕊は彼が反省しないことに怒り、カップを皿に戻し彼の胸に指を突き立て、声を低めて脅した。「もう二度と二にこそこそと誘惑させたり困らせたりしたら、あなたを殺すから!」

は怒って言った。「何だって?私が姐夫を困らせた?彼が私を困らせてるんですよ。あなたは彼のことを知らなさすぎる…」商蕊はたとえ程台が悪かろうとも彼の悪口を聞くのが我慢できず、眉をひそめた。范はすぐに許しを乞うように言った。「蕊哥儿、お願いだよ、詳しく説明してくれないか。本当にわからないんだ。」商蕊は冷ややかに言い放った。「東交民巷!踊り子の女!」

はこれですべて理解した。まさに「巴吃黄」、いうに言えない苦しい事情。もし彼が商蕊に真実を説明しようとしたら、程台を困らせる前に彼によってなぐり殺されるだろう。しかし、彼が予想外だったのは、この情事を最初に問い詰めてきたのは彼の姉ではなく、商蕊だったことだった。言える立場か?まったく余計なことをしてくれるな。范はしばらく黙って、自暴自棄になって言った。「そうだ、私は下劣な男だ!彼に紹介したことを後悔してるよ!彼女は追いだすよ。これからは、ダンサーや歌手の女を姐夫の前に連れて行くことは絶対にしないよ!」彼は言いながら委縮し泣きそうだった。商蕊は頷いて言った。「その通りだ!」

二人はしばらくの間、お茶を飲みながら静かに座っていた。范は商蕊の表情を見ながら、事態が今日まで進展し、この二人の火遊びが危険な道に進んでおり、より真実に近づいていると気づいた。今日は言わなければと決意し、ためらいながら切り出した。「蕊哥儿、私はずっと言いたかったことがあるんだ。あなたは不快に思うかもしれないけど。」商蕊は彼が何を言おうとしているかをうすうす感じた。「言ってみてください。」范は言葉を発するのが難しいようで、再びしばらく黙っていた。最終的に決心を固め、彼に向き直り、真剣に言いった。「蕊哥儿、あなたを手元に引き留めることのできる票友は、ほとんどが富裕な人たちだ。あなたは私たちの中で成功していると言えるでしょう。あなたは、私たちの一団の少たちをよく知ってますよね。彼らは自由奔放で、時には無駄に浪費し、遊びたいときは遊ぶ。でも家庭を持つ者は非常に現実的で実利的。総じて、感情に走るタイプではないんです。」

蕊はうなずき同意を示した。この一団の裕福な若者たちは、外では派手な生活を楽しむ一方、内面には問題があることがある。もし親が彼らに対する教育を緩めてしまうと、状況はさらに深刻になり、一般人の倫理観では彼らを制御することはできないだろう。彼らの秘密の行為は汚点が多く、誰にでも信じられるとは限らず、歌手のような職業の人たちの方がまだ清廉であると言える。「私と姐夫と...」と范は言おうとしたが、言葉が途切れた。「数人の親しい友達は、心の優しい人たちと言える。私も現実的で、兄弟や年配の人たちの世話を良くするけど、これが最も重要なことだ。もし女性が家事を管理できず、大家族の人間関係を調和させることができないなら、私はどれだけ好きでも彼女を娶らないいや、娶ってはいけない。」

蕊は范が例の踊り子の女について語っていると思ったので、あいまいな理解で頷いた。

「私は27歳まで生きてきて、この社会階級の中で真実の愛に遭遇したのは、当時平陽であなたを殴りかけた男だけです。彼について言えば、母親は早くに亡くなり、父兄とはあまり親しい関係がなく、妻とは仲が良くなかった。たとえ萍嫂子(蒋梦萍)がいなかったとしても、彼の父親が亡くなった後、彼は早晩最初の妻と離婚しただろう。彼女は彼の打つ手をなくさせ窮地に追い込んだ。しかし、別の状況を考えてみると、もし常家が和睦し、父親が子供たちに愛情を示し、彼女ともっと交流する機会があったら、それはどうなっていたか。」范は商蕊の表情に注意を払い、常之新について話し、彼が怒り出す様子もないことを確認し、軽快な調子で続けた。「そして、一部の人々は品が良く、友達としては信義があるし、ビジネスでも裏切ることはない。でも本気で交際し、恋人になることは得策じゃない。」

「これはあなた自身について話しているんじゃないですか?」商蕊は知らぬ顔をした。「私も含めてね!」范は乾いた笑顔で太ももを軽くたたきました。「もちろん、姐夫も含まれています。」ついに話を本題に戻したか。商蕊は范と長い付き合いで、彼の遠回しに話す癖にはうんざりしていた。程台はいつも要点をはっきりさせ、明快だ。范のような人物は、商蕊が怒ると手に負えないことがあった。商蕊は確信をもって言う。「私は二はいい人だと思います!」范は笑顔で返す。「君たちは今暇なときに一緒にいるだけだ、もちろん彼はいい人だと思ってるだろう。人を楽しませることが得意だからね」「それで十分じゃないですか!」商蕊は不思議そうに言った。「私は彼と結婚したり、彼を嫁に迎えるつもりはありません。なぜそんなことを私に言うのですか?」范は優しく助言する。「蕊哥儿、私は君に伝えたいのは、私たちのグループの人々の考え方や懸念は大差ないということなんだ。結局のところ、状況はそこにある。君が家庭と事業に真剣に取り組むなら、最終的には水を汲んでくる籠が空になってしまいます。私は君と萍嫂子が仲違いして君が苦しむの見て、心から心配しているんです!」

は嘘をついた。当時の出来事に関しては、彼は明らかに常蒋夫妻を支持しており、商蕊のその奇怪な熱情に非常に頭を悩ませていた。もし商蕊が誰もが認める実力派の役者ではなく純粋な一面を持っていなければ、范は今でも彼に注意を払う事はないだろう。彼は商蕊に十分にやわらかいアプローチで苦言を呈したが彼にとっては理解できないものであった。范は彼に程台が裕福な家庭の子息全般に共通する悪癖を持っていることを直接伝える勇気がなかった。程台は自由で楽しい生活を望み、家庭にはあまり注意を払わない。彼が二奶奶と結婚して間もない時はいろいろと問題が起こった。二奶奶を馬に乗せて外出し、落馬して負傷させた。また、他の女を妾にしたがっていると噂が広まり二奶奶が非常に怒ったということも。程台はおとなになって彼女の耳に入れないように収めることができた。しかし彼の悪癖は完全には修正されてはいなかった。また、商蕊自身も損をすることを嫌い、知恵のある性格ではないしどこか愚かな面があり、頭の回転も鈍い。蒋梦萍に対する感情が深いにもかかわらず、対立が生じた場合、融通が利かず、愛するときはただ愛し、それが続かなくなるとただ恨むだけ。范から見れば、これらの二人は一方は渾然とし、もう一方は狂気じみていて、一緒にいることは将来性がないだけでなく、衝突が生じるとすぐに敵対し破局する可能性が高いと思われた。まるでかつての平阳のように。

「僕のことは君には理解できないよ」二人は長い間口論した後、商蕊はゆっくりと頭を振りながら言った。「僕たちの気持ちなんてあなたには理解できないさ」范は心の中で思った、そうだ、本当にわからない、君たち二人のおかしな神経を理解するのは難しい。商蕊の目には二つのささやかな炎が燃え、虚無の向こうに焦点を合わせ懸命に語った。「僕たちが一緒にいるのは、愛を語り合うためじゃない。」范はもともと軽く冗談を言おうと思っていた「そう?君たちは同棲するために一緒にいるのではなく、世の革命のためにいるとでもいうのかな?」と。しかし、商蕊の表情とその目に宿る執念に気付きしばらく呆然として、次第に頭皮から背中にかけて寒気がはしり落ち着かなくなった。范涟は直感した。商蕊は、通常の人々にはある何かが欠けていて、異なる何かを持っている。それは彼に生と死の境界をさまよわせているようだ。

会話はもの別れに終わった。范は人をうまく諭す名人でことばを選んでいるが商蕊の耳には届かない。彼は愚かでもう何を言っても聞く耳を持たないと気付き、姐との関係がこのような状況に陥った理由も納得できた。商蕊のほうも范涟がくどくどと話すのを理解できないし、なぜ束縛されなくてはいけないのかと同治光帝時代にいるように思えた。

門の入口で数人が笑い声を上げて騒いでいた。薛千山が到着したのだ。范はこの機会に会話を終了し、立ち上がって商蕊に微笑んだ。「蕊哥儿、自分で居場所を見つけておくれ。2階の右手、3番目の部屋が休憩室で、中にはレコードがある。食事の準備ができたら、私が呼びにいくとしよう。」そして、商蕊の耳元でささやいた。「今日来た人の中には、あなたのファンも何人かいます。彼らに囲まれたら、暇がなくなりますよ。」商蕊は急に恐れをなし食事や程台を待つこともなく人目を避けて2階に駆け上がった。范涟はその様子を見て兎みたいだなと思った。

*緑部分はWEB版のみ
119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止


*章の初めの春のシーンいいですね。ときどき冬以外の設定がでてくるのが好き。花吹雪の中の商老板の剣舞、見たかったなあ~二爷も見惚れるシーンは妄想で。

*二爷が差し入れした黒松(ヘイソン)ソーダ、台湾のメーカーさんで日本でも手に入り、Amazon等通販でも販売してます。かなり癖のある味のようですが(笑)、当時はかなりハイカラ(!)な飲み物だったかもしれませんね。二爷はみんなには優しいお菓子バラマキおじさん。

*光緒帝は清朝十一番目の皇帝で西太后の傀儡皇帝。のちに百日改革を起こすも制圧され37歳で亡くなるまで自宅軟禁されるという不遇な一生を終えた人物。

*原作での范涟はドラマよりも深く描かれていますね。若いのに大所帯の大黒柱になってしまったプレッシャーがある。それだけに細かい配慮や、世の中を俯瞰的にみる思慮深さを感じます。少しは大目に見てあげたい気分になります。清朝末期の皇帝たちのようであり、それを嫌っているのに自分でも逆に干渉したくなり。商老板のことは名優であると認めるがゆえ、平陽時代からずっと気にかけているのに、なぜかないがしろにされやすい...(^^;)


# by wenniao | 2023-09-22 14:06 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 56-2

56-2 征兆


「霊堂には何人か顔馴染みがいるが、侯玉魁が亡くなった今、周りにいるのはなぜか全てあなたたち役者だけ。彼の息子たちはどこにいるの?」

実はある逸話がある。侯玉魁には元々四人の息子がいたが、後に彼は氏孤儿』という芝居で、実の子を身代わりに殺してしまう程の役を演じるたびに、息子が一人ずつ不慮の死を遂げると言われていた。三度目の予言が現実となった後、四度目になっても侯玉魁は未だに迷信を信じなかったが、この不可思議な事態はまたもや現実となってしまった。侯夫人は怒りの中で亡くなり、死の間際まで侯玉魁を憎んでいたと言う。侯玉魁は元々堅物だったが、その後ますます奇怪な性格になり、家族にも近づかなくなり、常にアヘンと共に過ごしていた。

蕊自身も「戏谶」(舞台の出来事から未来を予知すること)を信じており、程台に自分が蒋梦萍と一緒に演じた『白蛇』の話をした。最初の公演では、舞台下には常之新が座っていた。二度目に常蒋二人はねんごろになった。そして三度目になると、常之新が演じる仙が白娘子(白蛇)を誘惑して逃げ去った。小青(青蛇、白蛇とは姉妹同然)は納得せず絶望的な状況に追い込まれる。白娘子は水神の怒りで金山寺が水没するのも厭わず、仙との恋を成就させようとした。程台は首を振りながら、「それならば君は小青になる必要はない、小青はそんなことはないだろう。君は法海和尚の役がふさわしいよ」と言った。

侯玉魁の死の知らせは翌日には広まり、弔問に訪れる人数は後を絶たなかった。商蕊は一晩徹夜で頑張り、昼間に機会を見つけて侯家の小さな部屋で寝ていたが、一時間も経たないうちに、白文が叫びながら彼を呼び起こし、水雲楼で何か事件が起きたと伝えにきた。

蕊はゆっくりと起き上がり靴を履いた。水云楼の一味は、彼が不在の隙に些細な問題を起こすことは珍しくない。喧嘩や、口座の金の横領が発覚することもあるが、商蕊は面倒くさくてそれには関心を持たない。白文は商蕊を支え、もう一つの靴を履かせてあげた。「先ほど一人の老人がやって来て、灵堂に入って『老侯よ!』と叫んだ直後、白目をむいて気絶したようだよ。知り合いの人によれば、胡琴の黎伯だと言うんだが、早く行って確かめてみたら?」

蕊はそれを聞いて動揺した。白文をそこに置き去りにし灵堂に飛んで行った。そこには確かに黎伯が倒れていた。数人の子の家族が彼の周りに集まり、脈を確かめたり涼茶を飲ませたりしていたが、黎伯はただ歯をかみ締めるだけだった。侯玉魁の娘婿が迷って言う「もしかして、脳卒中かも?」そう言われると、皆が症状がよく似ていると感じ急いで医者を呼んだ。

蕊はかなりせっかちな性格であり、この状況を見ているだけで焦ってしまった。人々をかき分け、黎伯を背中に抱え上げると「いつまで医者を待てって言うんだ!私が彼を背負って走ればいいだろう!」と言った。人々は驚愕の声を上げ、あわてて商蕊から黎伯を引き剥がした。「商老板、無茶をするな!この病気は絶対揺さぶってはいけないよ!」

蕊は焦りで心中怒りを爆発させ、黎伯の周りをグルグル回りながら、拳を握りしめて反対の手のひらをバンバンと打ちつけた。まるで怒り狂った花火のようで、誰も彼に近づく勇気はなかった。近づいたら彼に吹き飛ばされるか、もしくは彼自身が吹き飛んでしまうかもしれない、と恐れた。長い時間が経ち、ようやく医者が来、脈を診て本当に脳卒中だと確認した。侯玉魁は西洋医学を信じずに亡くなったため、侯家では中医が独占的な立場ではなくなっていた。侯玉魁の大弟子が主導権を握り、すぐにイギリス人医師を呼び注射を打たせた。しかし、この急性の状態は一回の注射では解消されなかった。黎伯は数日間の入院治療の後一命を取り留めたが、目が覚めると半身が不自由になってしまった。もう楽器を弾くこともできず、飲食や排泄も人の世話が必要になってしまった。彼と侯玉魁との交友関係や家族の状況について尋ねると、黎伯はくすんだ目をパチパチとさせながら口を開き、唾液が口の端から流れ落ちるばかりで、まともに言葉を発することができなかった。

蕊は実に大変であった。侯玉魁の葬儀を手伝うだけで十分に疲れているのに、黎伯の見舞いにも頻繁に通わなければならなかった。実際には、小来が病院に残り世話をしてくれているおかげで商蕊が手助けする必要は特にない。しかし商蕊は諦めることができず、毎日黎伯の様子を確認しに行く。程台は自ら志願して商蕊の運転手を務め、侯家と病院の間を行き来して彼を送迎した。わずか34日の間に、商蕊はやつれて痩せ細り目は殺気立っていた。水云楼の子たちがこの時期に些細なことでトラブルを起こそうものなら、彼は誰が悪くても怒鳴りつけて追い返すであろう。ある日、水云楼で演技の順番について争いが起き、商蕊の短気が爆発し、袖を振りながら人を殴りかかりそうになり、訴えてきた先輩の子を怖がらせて何歩か退かせてしまった。

車の中で程台が笑って言いった。「商老板、一つ提案があるんだが」商蕊は彼の言葉をさえぎり怒号を飛ばした。「余計なことを言うな!ちゃんと車を運転しろ!もううんざりだ!」

台は軽蔑のまなざしで商蕊を一瞥し、多くを語らなかった。彼が自分を頼って身を寄せたと人が言うが、長く一緒にいると、この犬のような気性が露呈してくる。誰がこんなことに耐えられる?誰が大金を出して、自分が卑下される身の上になりたがるだろう?程凤台は誠実で一途であり滅多にこうして突き放されることはないが、やはり気持ちがいいものではなかった。

二人は静かに路を進んだ。商蕊は程台に八つ当たりするたびに少し後悔と不安を感じたが、程台の前では怒りを抑えることができなかった。もちろんどんなに後悔しても彼は自ら謝ることはなく、頑固に首を振って病院に着くと、車のドアを力強く閉めて振り返りもしない。程台は彼を呼び止め、手で彼に合図を送った。商蕊は冷たい表情で歩いて近づき、彼がなにか慰めようとしていると思い「何?」と尋ねた。

台は彼の顔を見て、タバコを取りわざとゆっくり二口吸って商蕊をじらした。そして薄目で言った。「今日、君が養っているあの暇な団員たちを交代で病院に行かせたらどうだい。小来の手間を交代で助けるようにさ。一人で女の子がどれだけ頑張れると思う?それに毎日侯家に行って黎伯の状況を報告する手間も省けるし。」商蕊はこの提案を心に留め、これは実にいい方法だと気づいた。団員たちが暇でトラブルを起こすのを防ぐことができるし、なぜ自分がこれを早く思いつかなかったのか。

台は彼を見下し、嫌悪感を感じさせるような口調で言った。「俺だけにかんしゃく起こすのはやめてくれ。分かった?俺は君を孫みたいに甘やかしすぎたよ。君が僕をどうこうできる立場か?他の人には優しく礼儀正しく振る舞えるのに、なぜ俺だけにはそれができないんだ?」

蕊は何かぶつぶつつぶやいたが、程台は彼がまた自分を非難していると思い「何て言った?もっと大声で言って!」と言った。商蕊は大声で言い放った「言ったのは、あなたはもう他人じゃないってことだよ!」

台は一瞬びっくりし、しばらくしてようやく笑みをこらえて、嫌悪と不快の表情を保とうとし商蕊に手を振りながら言った。「さっさと行け!」商蕊は恥ずかしくなり素早く病院に駆け込んだ。程台は自分は甘いなと思う。他人じゃないといわれただけで他の誰がこんな我慢を甘んじて受けられるというのだろう。

天候でさえ出棺はとめられない。七日が経ち侯玉魁の大葬が行われた。北京と天津の役者たちは、有名無名、現役も引退した者も、街全体、前門大街をほぼ詰まらせるほど、共に棺を運ぶために駆けつけた。遠方から来た役者たちや数千人の観客たちも含め、参列者たちは侯玉魁を慕っていたが、侯家はそんなに多くの喪服を用意していなかったため、急遽白い布を切って腰に巻く帯を配った。一人、年配の来歴不明の役者がおり、彼は芝居上の寡婦の衣装を身にまとい同時に濃い化粧を施し、棺の後ろについて涙ながらに歩き、まるで亡夫に置き去りにされた小さな寡婦のようだった。この葬儀は非常に厳粛で政府筋も驚いており、葬列の通る必要がある場所に弔いのための祭棚が建てられ、文化関連の役人が派遣されて慰問した。喪委員会のメンバーは、以前の科挙の状元から今の名優、文豪、巨富まで名を連ね、侯玉魁の弔いは実に盛大となった。

春の終わりの日差しは明るく輝き、数台の人力車には親戚筋の女性たちや女優、そして先輩たちが乗っていたが、他の芝居関係者は徒歩で十数キロメートル歩いて、郊外の墓地に到着した。商繊蕊は陽に当たって全身が汗みずくになり、加えて最近のイライラと疲労が心の中の火を勢いづけた。弔いの声は耳元で響き渡り、商細蕊は鼻孔から熱いものが湧き上がってくるのを感じた。鼻を力強くすすり、喉に詰まったように苦しくなる。急いで袖で口を覆い、顔を真っ赤にして咳き込んだ。

すると、白文が悲痛な叫び声を上げた。「商老板!まったく、どうしてこんな苦労をするんですか!」

その場にいた心底嘆き悲しんでいた友や人々は一斉にふりかえり、商細蕊が赤い血を何度も白い喪服に吐き、片方の袖までも濡らし、目を真っ赤にはらしているのを見た。彼らは驚きそして気づいたのだ。この黙りこくった人気役者は、実は彼らよりも侯玉魁との間に深い感情を持っていることに。葬儀前の日々では彼が涙を流すことはなかったが、葬儀の日に血を吐くなど想像もできなかった。その誠実で深い情義に、侯家の親戚や孫たちは自ら恥じ入り、侯玉魁の弟子たちは商細蕊が彼らのお役目を奪ったことにさらに屈辱に感じ、墓前で天を衝くように泣き叫んだ。

侯家の人々と白文は感動し、商細蕊にもう苦労をかけさせることはできないと、彼に輿に座って休憩するように頼んだ。商細蕊は咳き込み息も絶え絶えで、両腿を支え背筋を伸ばし、鼻血の逆流の原理を説明しようとした。侯家の大姑奶奶は、この虚弱で頑固で情に厚い少年を見て、心から気の毒に思い、涙で濡れた手ぬぐいで彼の口を押さえながら涙声で言った「商老板、もう何も言わなくていいわ。私たち侯家はあなたの気持ちは痛いほどわかりましたから」

白文も眉をよせ悲しんで言った「商老板、早く休んでください!私たち梨園仲間がまた一人失われることにならないように!」商細蕊が何か言う前に、彼は水云楼から二人の若手を呼んできて「早く輿に商細蕊を乗せて!」と命じた。こうして商細蕊は心置きなく輿に座り居眠りをした。

午後には大きな芝居が開催された。しかし侯家は彼に無理はさせられない。彼はこれまた心置きなく大姑奶奶の傍らに座って素晴らしい舞台をいくつか見て、たくさんお菓子を食べることができた。白文はバタバタと忙しく出入りしていたが、商細蕊は隙を見て彼を呼び止めて言った「爺、侯玉魁の一番弟子と『武家坡』を一緒に演じたいんだが」

これは当時、安王府で行われた、彼と侯玉魁が共演のした初の演目である。白文は感動し「あなたが体調が良いと感じるなら、一場面だけ。一場面だけですよ!」と言った。侯玉魁の大弟子は役に扮した。師匠とは三割似ているところがあった。商蕊が王宝としてゆっくりと舞台に上がり、侯の大弟子と目を合わせた。一人は「これが師匠が絶賛していた人物か」と考え、もう一人は「これが老侯の真の後継者か」と考える。二人とも異なる思いを抱えていたが、同じような傷心を抱えており、涙が溢れんばかりとなった。一芝居終えると商蕊は楽屋に戻って化粧を落とすこともなく、また他の舞台を観ることもなく、テーブルのそばに座って茫然としていた。

侯家の孫が碗を持って入ってきて、商蕊の前に置いた「商老板、おばあちゃんがあなたの演技が本当に素晴らしいと言っています。お疲れさまでした。体を労わるためにこれを食べてください」子供は彼の反応を見て、ふふっと笑って背を向けようとした。商蕊は彼を即座につかみ引きよせると全身を上下につまみあげた。子供は逃げようと体をよじり騒ぎたてた。商蕊は眉をひそめながら、子供の顔を包み込み「さあ、私に声をもうちょっとだけ聞かせてみて」

子供は彼の目に熱狂と執着心を見て怖がり、商蕊の手を払いのけ外へ駆け出し、恐れおののきながら大声で叫んだ。「お母さん!お母さん!ここに変な人がいるよ!」

子供の声を聞いた商蕊の目は急速に色をなくしテーブルに寄りかかってぼんやりとした。碗の中の料理は冷えてしまい、外の舞台もすぐに冷えてしまうだろう。壁には侯玉魁が使っていた剣と髭がかかっていた。侯玉魁は亡くなり、彼の大弟子は彼の足元にも及ばず、彼の孫も役者としては向いていないようだ…侯玉魁の孫が祖父の教えを受けずに育つなんて!商蕊は侯玉魁の死を思い出し、涙もでないほどの途方もない悲しみを感じた。さらに黎伯のことを思い出すと、その心をえぐられるような痛みに、まったくなすすべがなかった。

そこへ程台が一陣の風のように外から入ってきて、商蕊の前に膝を立てて座り彼の後頭部を撫でながら心配そうに見上げた「商老板が血を吐いたと聞いたよ、そこまでしてなぜまだ舞台で歌うんだ?」商蕊は彼の胸もとに顔をうずめながら泣いた。


*緑部分はWEB版のみ
119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止

*『氏孤儿』は「天命の子~趙氏孤児」としてドラマ化もされた(日本語字幕あり)有名なお話。あらすじを見ると壮大な復讐劇です。「白蛇伝」もちゃんと筋を追って見てみたくなりますね。しかし4人もいた息子たちが次々に亡くなるとは、なにかあると感じずにはいられません。奥様確かにお気の毒。頑固な夫を持つと苦労が絶えない。

*侯玉魁の葬儀に来た来歴不明の人物って?黎伯との関係も気になりますね。商老板の上世代の物語も知りたくなる!そして侯玉魁は商老板にとって大きな存在だったんですね。ともに舞台に立って信頼関係を築いていた黎伯までも病に倒れ、心の支えを失い今後の梨園の行く末までも案じてちょっとパニックになってしまった様子(ただでさえ変人なのに)。二爷に対して、すでに他人ではなく最も近い存在、となかなか口に出して直に言えない商老板がいじらしい。

何とかお菓子と好きな芝居で持ちこたえたものの…暴言吐かれて冷たくされても絶妙なタイミングで現れる二爷はさすが大人の貫禄、ここは、しっかり支えてあげて欲しい!


# by wenniao | 2023-08-15 10:57 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)