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「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 56-1

56-1 征兆

この年は始まりから良い兆候ではなかった。青のことを指しているわけではない。青の問題は感情のもつれであり、自分自身が苦しんでいても他の人から見れば大したことではない。彼女は上海に落ち着いてから、地元の数人の有名な舞台女優と非常にうまく付き合っている。そして商蕊に手紙といくつかの龙须糖(竜の髭飴)を送り、上海、蘇州、杭州などで一時的に根を下ろし、将来商蕊がそこで仕事をする場合には彼女に連絡するようにと伝えてきた。手紙の口調からは何か不満があるようには見えなかった。江南の風物や風俗について話しており、彼女は心を解放しているようだった。しかし、北京では商蕊が崇拝していた一代の名優侯玉魁が、まもなくこの世を去ろうとしていた。

侯玉魁は半生をアヘンに費やし、何か病気にかかると治りにくい特徴があった。最初は蹄髈の煮込みを多く食べたために下痢が少し出ただけであったが、次第に喘息に発展した。商蕊らに病状が伝わった時には、老人は既に長く病に苦しんでいた。杜七はおじの杜明蓊と一緒に西洋医師を連れて病院を訪れた。杜明蓊と侯玉魁はかつて紫禁城での関係があり、親しい友ではなかったが、この老舞台俳優を貴重な遺物のように大切に思っていた。連れて行った医師は抗菌薬を一本注射したが、もちろん効果はなかった。杜七は帰ってきて商蕊にため息交じりに言った。「侯玉魁はいよいよのところまできている。もう人を認識できないほどになってしまった」そう言いながら目がしらを赤くし悲しんだ。

蕊も非常に心を痛め程台との楽しい時間も上の空になってしまい、急いで侯玉魁を見舞いに行った。侯玉魁のそばで徒子徒孫たちが世話をしていたが、彼らは不安からか責任を負うことを恐れていたのか、商蕊に、侯玉魁が中医学を信じ西洋医学の方法を受け付けず、薬を飲むことを拒んだことを話し続けた。商蕊はこれらの話を聞くのにうんざりしていたが、侯玉魁の顔色を見ると、彼が本当に死ぬことになるのだろうと予感した。侯玉魁に新年の挨拶をした際、彼のためにふたつの大量のアヘンを用意し、侯玉魁はアヘンに助けられながらずっと梨園のエピソードについて話した。昆曲の衰退に至るまでの道理や、新劇がいかにつくられるか、弟子の指導方法などについてまで語り、ついでに今の優れた役者たちについても数名挙げた。今日思い返すと、まるで遺言のようなものを伝えていたように感じられる。

蕊は思わず熱い涙が湧き上がり、床の前に座って侯玉魁の手を引いて言った「爷爷!あなたは逝ってはいけません!私たち兄弟はまだ十分楽しんでいないのに...」数人の弟子たちは困惑した表情を浮かべ、この役者と彼らの師匠が実際にどのような関係にあるのか理解できなかった。侯玉魁は点滴を受けながらしばらく必死に生きながらえていたが、柘榴の花が咲く前に旅立ってしまった。商蕊はこの知らせを受けた時、頬の傷も既に癒え、楽屋で程台の笑い話を楽しみながら化粧を落としていた。琴言社のリーダーである白文が悲しみの表情でこの訃報を伝えに来た。楽屋は一瞬静けさに包まれ、そして嘆息の声が広がった。商蕊はゆっくりと立ち上がり「ああ!」と声を上げ、またゆっくりと座った。

白文は侯玉魁と商蕊の年齢差関係のない友情を目のあたりにしていたので商蕊に誠実な慰めの言葉をかけた。「老侯はあのご年齢であったし、上は太后や仏爺と言い争いをしたこともあり、下は庶民たちに愛されたこともあり、価値のある人生だったと言えるでしょう!私たちはあまり悲しむことなく、彼の後事を盛大に執り行うことが最も重要ですよ」そして続けて言った。「商老板、侯家の孫たちは力不足で、最年長の孫も今年でまだ十歳です。侯家には主事の人すらいません!私の力の及ぶ限り全力を尽くします、辞退する余地はありません!商老板は北平梨园行の中で一番の人物ですから、重要な役割を引き受ける必要がありますよ!」商蕊はぼんやりと頷きながら「そうですね」しかし少し考えて「私はまだ若すぎます、資格が足りません!まだ他に何人か先生方がいらっしゃいますから!」と言った。白文は謙虚な態度で笑って言った。「年が若いのを心配する必要がありますか!あなたの名声は軽くありませんよ!」彼は立ち上がり、礼をして「ここで失礼、舞台を誤ることのないように。私は他の役者たちにも訃報を知らせなければなりませんのでね」と退席した。

蕊は憂鬱な気持ちで一晩を過ごした。翌日、彼は全ての舞台を中止し、喪服を着て侯玉魁の弟子や家族、そして他の役者たちと共に弔いをした。彼は誠実な孝心を持っていたが、前の晩からつまらなさを感じており、ろうそくを見つめながら、紙幣を盆に納めた。夜は静寂で少し寒々しい雰囲気があり、周りは白い幕と帳で覆われていた。商蕊は一場面を演じようと考え、侯玉魁の名作「奇冤」の曲を静かに歌った。それは亡霊が復讐する物語である。彼は侯派の真髄を深く理解しており、弟子たちは寒気がするほど聞き入って、商蕊に懇願した。「商老板、素晴らしいです!葬儀の時、師父に歌声を大いに聴かせてください!ただし、今は私たちを驚かせないでください!」

蕊は言った「私がどうしてあなた方を驚かせたのでしょうか?師父の名場面を聴くと、きっと親しみを感じるはずです。何が怖いことがあるのでしょう。」下座にいた一人の幼い孫娘は徹夜に耐えられず、ちょうど昼寝をしていたところ、商蕊の幽玄な朗々とした歌声によって目を覚ました。目を開けても夢かどうかはっきりとわからず、怖くて抑えられないほど泣きじゃくった。彼女はおじいちゃんが舞台で歌っていると言いはり、その様子に嫁もびっくりし子供をなだめると言って連れ去り二度と戻って来なかった。商蕊は唇を尖らせ、不本意ながらも黙りこくった。

深夜までなんとか起きていた商蕊も眠気が襲ってきたて頭を支えながら居眠りをしていると、誰かが彼の耳をつまんだような感覚がある。驚いて目を覚ますと、なんと程台だった。程台は麻雀を十六局打ち終え、夜の活動が終わった後、商蕊のことが気になって弔いを利用して彼を探しに来たのだ。商蕊が目を覚ましても耳をつまんだりこすったりし続けているのを見て、ばかばかしくなって公衆の面前で彼に向かって笑い出した。ここでは水雲楼の楽屋とは違い、彼らがいちゃつく場ではない。ここはどれだけ多くの目が注がれていることか!商蕊は警戒しながら周囲を見回し、数名の有名役者たちはすかさず目をそらした。

侯玉魁の大弟子が助け船を出し、笑って言った「程二爷はお優しいですね。こんな時間にまだ師父のためにお参りしに来てくださるなんて、師父が亡くなる前にもよく話していましたよ。」

台は重々しく言った「私とあなたたちの師父が安王府で出会った時、私たちは話し込んで実に良い友情を築きました。私は演劇が大好きで、侯玉魁も私に演劇のことをよく話してくれましたよ。彼は本当に誠実な方でした。当時、私は彼に少しアヘンを控えるように勧めましたが、彼は怖くないと言ってね。武生の基礎があって体も丈夫だから問題ないと。私は紫玉のパイプを彼に贈ることも約束しました。誰が予想したでしょう、ああ...この2日間は忙しくて時間が取れませんでしたが、明日の昼間に正式に弔問にきます」蕊は程台の話を聞いて本当に恥ずかしくなった!まあこんな恥知らずな人がいるのか、亡くなった人の前で嘘ばっかり並べて!安王府での会合の時、彼は一度でも侯玉魁と話したことがあっただろうか!

侯玉魁の大弟子は頻繁に頷きながら、話の流れに沿って言った「そうです、師父は生前、私にもいつも言っていました。程二は西洋風のスタイルを持っているが彼の戯曲の知識は私たちよりも劣らない。学ぶべきだと!」程台は微かに眉をひそめ、遺憾そうにため息をついた。「侯玉魁は私のことを知っていました。私は彼とそして商老板とだけそのような話ができた。侯玉魁が亡くなった今、私には商老板だけが残りました」

蕊はもう聞いてられなくなり一気に立ち上がった。大弟子は早くから彼らには何かあると気づいていた。深夜の弔いというのも見たことはないし、商蕊に対してそんなお戯け行動をしているのも真の狙いは別のところにあるのだろうと思った。大弟子は程台を後ろの堂に案内し、夜食を用意して商蕊に同伴を頼んだ。彼らが出て行くと、葬儀会場で数人の役者たちは耳元でささやき始めた。

蕊は顔をしかめながら入り口に立ち「人はこういうことはしてはいけません!」と言った。程台は彼が自分の行動を軽蔑していると思ったのか、座って笑って言った「ああ、商老板は俺たちのことを知られたくないと思っているのかな?」商蕊は驚いたように一瞬間呆然とし、やっと反応して言った「それは怖いことじゃないよ、彼らには好きに知ってもらえばいいんだ」程台は手を振って彼に呼びかけ、商蕊は彼の膝に引っ張られて座った。二人が寄り添うと、商蕊の不満もほぼ消え去り、彼は無意識に程台の首を抱きかかえて言った「どうしてそんなに嘘をつけるの!たいしたごろつきだこと!」

台は無実だといわんばかりに「本当はそんな風に言うつもりはなかったんだよ、彼が侯玉魁が最期に俺のことを口に出したと言ったから、仕方なく受け流したんだ」

蕊は考えてみてそれもそうかと思い、追及するのをやめ、緑豆糕を一つ手に取って口に入れて食べた。三つ目を食べ終わると、程台に大腿から追い出された「見た目は痩せてるのに、なんでこんなに重いの?骨に鉛が詰まってるみたいだな」実のところ彼は軽やかな女性が大腿に座るのに慣れてしまっているのだ。「若要俏,一身孝(白を着ると綺麗にみられる)というじゃないか。商老板、麻袋の服装もなかなか似合ってるよ」蕊はふんふんと皿を片付けながら食べた。程台は暇を持て余して尋ねた「さっき入ってきた時、四喜儿が俺に媚びた目つきをしてきたよ。今回一緒にいるのは小周子じゃないみたいだけど。小周子が彼に殺されてなきゃいいけど」商蕊は手を振って言った「ありえない!侯爷爷の葬儀が終わったら、僕が小周子のことをなんとかするよ」口調が急に変わり程台に甘く笑いかけ、ちょっと媚びた態度で「二、僕の代わりに人を手配できるかなあ?」程台は嫌がった。「俺は梨園の人達とは関係がないよ。范の方が頼りになるだろう」「じゃあ、范に頼もう。とにかく僕は行けない。四喜儿が僕のことを憎んでいるから、僕が小周子をくれといったら本当に小周子を殺しかねないから」「君の人脈を見ろよ!」商蕊は反論した「僕の人脈はとてもいいよ!四喜儿以外はね!」

台は一口お茶を飲んで頷いた。「そうだよ、君はお金まき散らし童子だもん。人気がないわけがないだろう」彼は未払いの借り手についても心を痛めていた。「四喜と関わりたくないんだよ。まるで皮膏薬のような奴だからさ!俺に色仕掛けしようとしてるんじゃないのか?後で自分で范と話し合ってくれ」。蕊は彼のティーカップを奪い、大口でお茶を飲み頬をふくらませて彼の顔に吹きかけようとした。程台は彼が吹き出すのを抑えようとその口を手で覆った。「もういい、約束する。やるから、早く飲み込んでくれ!」商蕊は、彼の顔に吹きかけることができなかったことを残念に思っているような様子だ。

台は彼を見つめ再びため息をつき「最初に君を知ったとき、君はとても上品でおとなしかったよね。女形そのもののようだった。今とは全然違う!」と言った。「今はどうなの?」と商蕊が尋ねる。「今はまるで猿のお芝居を演じているようなものさ。耳をかきむしったり、上下に跳ね回って、昔のイメージとは別人だよ」と程台は彼の顎をつまんで言った。「でも、外ではうまく装っているな。霊堂であんな風に先頭に立って一礼する姿を見ると、りっぱな仕切り役のようだ。本番はどうなるかはわからないけどね」商蕊は自分が褒められたと感じ、衣装をさっとはたき颯爽と椅子に片足を組んで座った。

*緑部分はWEB版のみ
119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止

*名優侯玉魁の死。ドラマ37,38話では日本軍がらみの辛い別れでした。原作では長年のアヘン服毒による寿命と知る。確認しましたがドラマ葬儀場面では麻袋の衣装ではなく(韓国ドラマではよく見かけるあれですね?)、黒に白い腰ひも姿の商老板でした。麻袋を着ていても二爷には素敵に見えるんですね。もはや猿であろうとなんだろうとかまわない域に達したのかも。


# by wenniao | 2023-07-18 10:44 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(4)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 55

55 出气


蕊の命令により、水云楼の団員たちは青と原小荻の噂話を広めることを禁止されていたが、彼らの口を誰が止められようか。そのゴシップはすぐに広まり、やがてスキャンダルとして新聞に掲載され、北平の人々によく知られた秘密となった。しかしゴシップというものは常に真偽不明であり、複数のバージョンが相互に矛盾し、それぞれが合理的に聞こえることもある。記事が掲載されてから数日も経たないうちに、情報通たちの中から青と原小荻が清廉であると証言する派が現れた。なぜなら青と商蕊は互いに愛し合っているから。だから青が商蕊を支え、新しい演目を共演し、一緒に舞台をつくるのは当然のことだ。北平に公演に来る役者は、順番から行って宁九郎が創設した琴言社にまず顔を見せるべきだったのに、なぜ水云楼がこの利を手に入れたのか?もしも二人に初めから恋心がなかったとしても、このようにお互いに親密な関係で歌っていたら、やがて本物の愛情に変わるだろう。商蕊は青に対して非常に親しいし、青も商蕊に対して優しい。梨園の仲間たちはこれをよく目撃している。青が商蕊に食べ物を取ってあげることから、商蕊が青に傘を差し出すことまで、曖昧な細部は数え切れないほどある。男女が一緒にいる限り恋愛関係以外に他の情はありえない!

最終的に、第三者が前述の二つのゴシップを組み合わせ、原小荻と商蕊が嫉妬し青の心を奪い合うという結論を導き出した。このバージョンは、三人の有名な役者の要素を組み合わせてあって最も盛り上がり、最もドラマチックで、信じる人も最も多いものとなった。それぞれの人物がそれぞれの言い分を持ち、事前と事後の経緯をも納得できるようにまとめられていた。このゴシップの一連の出来事が商蕊の耳に入った時、商蕊は反論する言葉もなく、ただ「ばかばかしい」と一言返した。その「ばかばかしい」は水云楼の裏方からゴシップの一般大衆に伝わり、彼らの都合の良いように解釈された。噂というものは当事者が懸命に釈明しようとしても、それは逆に目立ってしまうだけで無視されるものであり、激しい反論は怒りの表れとなり、そのことは商蕊もよく知っている。他人がどのように彼について話そうと、それは「三人、市虎を成す」、大勢がそう話せばやがて信じられてしまうことであり、彼自身がどう弁明しようと人々には受け入れられないのだ。彼と青の噂は最終的に非常に現実味を帯びたものとして広まってしまった。

噂が既に広まり、双方の面目も失われてしまったが、程台はなぜあえて商蕊に泣き寝入りをさせるようなことをさせたのか。彼は復讐心のある君子であり、何年たっても報復することを躊躇しない腹黒い性格である。彼はこの噂が誰かが気をきかせて原小荻の耳に届かないようになるのをただ恐れた。そこで、程凤台は食事の席で酌をする女に頼み、わざと三姨奶奶の例の噂を生き生きと描写させた。原小荻はそれを聞き驚愕し机を叩いて立ち上がった。彼は学問を重んじ振る舞いが上品であるが、青を心配し面子をも失ったため、今回ばかりは真に怒りを覚えた。程台が予想した通り、彼は家に帰るとすぐに三姨奶奶の子供を大奶奶に預けた。後に三姨奶奶は二少2番目の男の子)を出産したが、まだ月日が経たないうちに赤ん坊は二姨奶奶に連れていかれ育てられた。三姨奶奶は泣き叫んだり首を吊ろうと縄まで探したが、原小荻は断固とした態度をたもった。彼は三姨奶奶と結婚したのは子孫を残すためで彼女が若くて体力があるからであり、愛情はほとんどなかったのだ。他の二人の夫人はそれぞれ少を手に入れ、三姨奶奶のために取りなしをするどころか、原小荻に彼女に金を渡して離婚するように勧めた。彼女らは将来少たちの生母の立場を利用され、何か問題を引き起こすことで家風を損なうことを避けようとした。原小荻は子の評判を払拭しようと努力し士人の道を歩むことを望んでおり、下品で陰湿な母親が子供たちの品行を損なうことを恐れ、二人の夫人の提案について真剣に考えた。要するに三姨奶奶は原家で完全に地位を失ったわけである。

後日のおまけ話。商蕊は原三奶奶に美しい顔を引っかかれ、傷口に粉をつけて覆い隠すことを心配し数日間も舞台に出ることができなかった。ある日程台が商蕊を訪ねると、小来が物を捜し回っているのが見え、床には紙切れが一面に散乱していた。商蕊は地面にしゃがんで一枚一枚を選び拾っていた。程台は笑って言った「商老板はお金持ちだねえ。この数日間暇だからお札をカビないようにお日様にでもあてるつもりかい?」彼は商蕊の隣にしゃがんで彼を見た。

実はそれらは商蕊の昔のものだった。彼と兄や親友との手紙、証明書、預金の明細書、名優たちとの写真、団員仲間たちとの写真、文豪や学者から贈られた書画や詩詞、政府から授与された感謝状などが散乱していた。程台が特に驚いたのは、一束の赤い糸で縛られた多数の借用書があったことだ。開けてみると、それは梨园の同僚たちとの間で行われた多額の貸借で、上面には数百という数字が書かれており、借り手の多くは名の知れない人々だった。商蕊は食事や演劇にはお金を使うが他の面では節約家で、こんな大盤振る舞いをしているとは思いもよらぬことだった。

台は借用書を指さし驚いて言った「おやおや、商老板は本当に気前がいいなあ!これらをまとめたら、北平で何軒の庭園が買えるかねえ!それとも高利貸しなのかな?」商蕊はなんの釈明もせず笑顔で彼を見つめた。程凤台は一枚を手に取った「この人は六百五十元を借りていて、五年が経過している。どのように回収するつもりかい?」商蕊は首を傾げて言った「この人は二年前に死にました。どうしたら回収できるの?」「家族はいないの?父の借金は子が返すものだ。息子に連絡して返済を求めよう」まさに非情な商人のやり口である。商蕊は言う「彼は子供を授かる前に死んじゃったよ」

台は彼を一瞥し、別の一枚を取り出した。「では、これはどうなの?この期限は近いね」「期限は近いけれど、人は近くにいないよ。班主は劇団を連れて武漢に行った。それともわざわざ武漢まで彼を探しに行くとでも?」「この借用書、見てごらんよ。なんと二千元だ!」商蕊は手を叩いてそれを奪い取り、得意そうに言った「おお!この花面(隈取をした荒々しい演技の役)は本当にいい役者だ!彼の『探阴山』は絶対に見るべき!美しくてたまらない!」と言いながら、「包龙图阴山来看,油流鬼抱打不平吐言」と歌い始めた。程台は咳払いをした。「どうして歌い始めるわけ?俺は芝居について話してたかい?俺はお金のことを話しているんだよ!」商蕊は共感を得られず歌を止めて腹を立て、借用書を束ね直し、程台に見せずに言った「お金、お金、お金ばっかり!お金がなんだって言うのさ!なんて低俗なんだろう!」

小来は忙しく動き回り、その時に棚から一つの籐の小箱をおろし、口を挟んだ「彼にお金の話をしないほうがいいわよ!水云楼はもう底なし穴なんだから。役者であろうと部外者であろうと頼まれたら彼は断らないの!そのいい役者なんてどうよ、お金を借りて大麻を吸い娼婦に浪費しまくって、もう歌なんか歌わない…ここ何年かどれだけの詐欺師たちに騙されたか尋ねてみてくれないかしら?彼自身のためにいくら貯めたかとか」

小来は商蕊の経済観念に対して長い間不満を抱いていたに違いない。程台の言葉に呼応するほど憤慨していた。程台は驚きながらも笑顔で商蕊を見つめた。しかし商蕊はもううんざりしていた。「もう言わないで!僕が稼いだお金は僕のもので、どう使おうが僕の勝手だよ!あなたたちには関係ない!」

小来は藤の箱を彼の手に押し付け「あなたのことを心配して言ってる人間がどれほどいると思ってるのよ!早くしっかりものの嫁を見つけてあなたを躾けてもらうわ!服従するかどうか見せてもらうから!」小来は背を向けると程台はすぐに商蕊の耳にそっと声をかけた。「聞こえたか?『躾ける』だって!」蕊は彼を斜めに見つめ、同じく声をかけ返した。「聞こえたよ!お嫁さん!」まあそういわれても損はしないか!と程台は笑いながら商蕊の後頭部を力強く撫でた。

蕊が寛大な行動をすることに非難はできない。なぜなら彼なりの原則があるからである。例えば、同じ役者でも貧乏そうにしている者と歌が上手な者では値段が違う。生活のために使うお金と結婚や子育てのために使うお金もまた違う。歌が下手な役者が彼にお金を借り結婚や子供の養育に使おうとしても、せいぜい数十しか助けない。しかし歌が上手な役者が休むためにお金を求めるなら、彼は親戚でもないのに喜んで養ってあげるのだ。彼は君風を吹かせているのか、それとも純粋に気前が良いだけなのか、はっきりとは言えない。

蕊は藤の箱から何かを取り出して見ているので程台はようやく思い出して尋ねた。「初めて小来に手伝ってもらって部屋を整理するのを見たけど、何を探しているの?」「新聞に僕の個人写真が載る予定なんだ。僕の顔にいま傷があってどう撮ればいいのか分からないから、彼らに渡す写真を探しているんだ」と商蕊は答えた。商蕊はかなり自意識過剰な人物だが写真を撮ることは好きではない。ほとんどの写真は他人との記念写真であり、顔は小さな爪の先ほどしか写っていない。新聞に載せたらさらに見えなくなる。その中で、庭園で盗撮された2枚の写真があった。1枚は小来も写っていて、もう1枚は髪が木の枝で遮られている。さらに下をさぐっていくと、商蕊と程台は一枚の写真に二人してびっくりして固まってしまった。写真の商蕊は現在よりも少し太っており、髪は短くとても天真爛漫に笑い、静かに少女の蒋梦萍に寄り添って座っている。蒋梦萍も当時、現在よりもぽっちゃりしていたが、優しい卵型の顔で眉目が柔らかく水のように涼し気だ。それは冬で、2人は淡い色の衫と旗袍を着ており、一切臆することなく笑顔もそっくりで、実の姐弟と言っても信じてしまうほどだ。それはとても幸せそうに見えた。程台は商蕊が残酷にも写真を切り裂くことを恐れ、あわてて写真を引き抜き大声で褒め称えた。「商老板、本当にハンサムだなあ!」商蕊は真顔で「当然だ」とだけ言った。

裏面には「蒋梦萍商蕊ヘ贈る。民国十八年正月八日、平陽泰和楼にて撮影」と書かれてある。レストランで撮影されたものだ。商蕊は顔をしかめて写真を再び取り上げた。程台と一緒になってからは、この人やこれらのことについて考えることがどんどん少なくなっていったが、関連するものを見ると、内にある心の憎しみが沸きあがってくる。程台は商蕊が指先まで白くなるほどの力を込めて写真を握りつぶそうとしているのを見た。怒りのせいで黒い瞳が特に輝いている。彼の歯ぎしりの音が聞こえるくらい、商蕊が写真の中の蒋梦萍を引きずり出して飲み込もうとしているようにも思えた。商蕊は怒りのあまり叫んだ「小来!はさみを持って来て!」しばらくして、小来がはさみを持って入ってきた。彼女はこの写真を見ると商蕊が何をしようとしているのかを理解した。程台も彼が写真を切り刻もうとしていると思っていたが、予想外にも彼は二人の間を容赦なく切り放した。蒋梦萍の部分は地面に落ち、商蕊は自分の写った半分を小来に手渡した。「取っておいて、もし記者がまた僕を訪ねてきたら、この写真を彼に渡してくれ」商蕊が話している間に、程台は蒋梦萍の写真を拾い上げ塵を吹いてはらった。商蕊が振り返った時その光景に遭遇し、怒りのあまり眉毛を逆立てた。程台は顔色を変えず写真を振り回し、首を振りながら言った「この丸い顔を見てみなよ!商老板と比べてこんなに醜いし!常之新が戻ってきたら、この写真を見せて、お前はどんな眼力だって笑いものにしてやるさ!」と写真を小切手帳にしっかりと挟み込んだ。商蕊は満足そうに頷いて言った「その通りさ!」そしてそれ以上問い詰めることはなかった。

その後、商蕊は程台に自らこの写真の経緯について話し始めた。その年は蒋商姐弟が平阳で人気絶頂の時期であり、仲間たちは泰和楼で烤鴨のご馳走を楽しんでいた。常之新もやってきた。彼は来るなり蒋梦萍と目を合わせて微笑み、こっそり手を繋いだ。水云楼の面々は商蕊の執念をよく知っているので、それを隠すために一生懸命、商蕊が疑いを抱かないように気を使った。商蕊は実際にその場面を見ていたが、特に気にも留めなかった。彼は幼い頃から鈍感で他の人よりも理解力が追い付かなかったため、むしろ喜んでいた。師姐と常三少の関係が本当に素晴らしいと感じ、常三少が師姐を支えている姿に感動した。師姐が有名になって嬉しい、と思ったのだ。

ここまで話すと商蕊は胸を打ち足を踏みならし、当初気が付かなかったことを後悔し、時間を巻き戻して面饼鸭皮(北京ダックを食べる時に包む春巻きの皮のようなもの)を常之新の顔に投げつけてやりたくなった。「僕は馬鹿だ、本当に僕は馬鹿だった!あの二人が公然といちゃついていたのに、沅たちは私が気づかせないように必死に隠したんだ。たくさんの鴨肉を僕に食べさせて!その日は二羽の大きな烤を食べたさ!もう死ぬほど食べたんだよ!」この出来事は確かに馬鹿げていたが、商蕊は自分の愚かさについて非常に深く理解していたので程台もからかうことは気が引けた。彼は同情しながらも黙って商蕊の肩を叩いた。

はたから見ると笑える話かもしれないが、商蕊はそのことを思い出すとかなり落ち込んでしまった。程台は商蕊を楽しませるために彼に文字を教えることにした。彼の手を握り自分の名前の中の「鳳」の字を書きながら「大きな帆(マント)に包まれている一匹の大きな鳥だよ」と教えた。商蕊は人を嫌がらせることにかけては天才的で程台が鳥の名前を選んでいることをからかい、程台に抱き上げられて寝床に連れていかれてくすぐられ、息が切れるほど笑いながら転げ回った。二人は夕方までじゃれて遊び、商蕊はやっと気分が楽しくなったと感じた。

台はおおげさに時計を見ながら、本日のメインイベントに入ったとばかりに「さてさて今日は特別に美味しい場所に商老板を連れて行きましょうか」と言った。商蕊の目が輝き、すぐに服を着替えた。「どこが特別に美味しいの?四九城でまだ食べていないものがあるの?」程台は彼のお腹を触りながら言った。「大きな口は叩くけど!実際お腹はそんな大きいのかね?」

「あるさ!」 商蕊は笑って言った。「あなたは知らないかもしれないけど私たち梨園には女を買ったり賭け事や大量のタバコが嫌いな人がいるのに食べることが嫌いな人はいないんです。どこか美味しいレストランがあったら、三日も経たないうちに誰かが私を招待してくれますから!」程台は言った「商老板は人望があるもんね。今日のそのレストランは新メニューを出したんだが、原小荻の誘いなんだ」商蕊はボタンを留める手を止めて言った。「原小荻が招待してくれるの?」「そう、彼の姨太太に代わって謝罪の言葉を伝えたいそうだ」商蕊はそれを聞いて怒り出し、行く気がなくなった。程台はとっくにそうくることを予想していた。青は辱めを受けた後、誰にも話さずに次の日には去ってしまい、二つの公演の報酬も要求しなかった。商蕊に手紙を残して上海に向かったのだ。商蕊は彼女と《牡丹亭》や《玉簪》、京劇の《梅龙镇》や《四郎探母》を一緒に歌う準備をしていたのに、今回全てが水の泡となってしまった。突然良きパートナー、良き友人を失い、商蕊は恨みを忘れることはない。程台は残りの2つのボタンを留めてあげ、笑いながら言った「商老板も世間を渡り歩く人間なんだから、この程度の情は大切にしなくちゃ。ちゃんと考えた方がいいよ」

蕊はイライラして言った「いいよ!彼には僕と一緒に二つ演目を歌わせて、上手く歌えたら許してあげる」程台は商蕊の額を軽くはじいてからからかった「すごい口ぶりだね。一緒に舞台に上がって芝居をするというより一緒に寝るだろうな。金持ちの悪い爺が若い娘が気に入ってるみたいにさ」商蕊は彼をにらみつけた。程凤台は笑って続けた「俺は原小荻は君と二つ歌を歌うよりも、二回寝ることを選ぶと思うよ。彼の心情がわからないの?彼を役者と扱うのは彼を侮辱するのと同じだからだよ」商蕊は眉をひそめて手を振りました。「それなら、なんで彼は僕に謝罪する必要があるの?」「商老板は名優であり、多くの大物と交流しているだろう。そう簡単に恨みをかうことはできないよ。君にひそかに裏をかかれることを心配しているんじゃないの?」程台は彼のお尻をポンポンとたたいた「もしかしたら俺の顔を立てているのかも。彼は俺ら二人を知っている... 犬を叩きたかったらまずご主人さまを見てから、っていうじゃない?」「あなたこそが犬だ!下劣な犬だ!」 商蕊は恨みを込めて言った「原小荻を殺しにいくぞ!」

蕊はこのような大志を抱きながらも実際にレストランに着いたらおとなしく黙り、すっかりいい子のように振る舞った。ただし顔色はすぐれず、以前原小荻に会った時の恥じらいはなく、顔には怒りの念が漂い「青(青を返せ)!」という四文字が浮かんでいる。程台は商蕊の背中をたたき、耳元で言った「さあ、彼を殺すか?」商蕊は彼を横目で見て黙っていた。商蕊の態度に原小荻はもちろん気づいていた。彼はとても熱心に二人をもてなし料理を出した。商蕊は黙り込み、程台が原小荻と世間話をしていた。原小荻はまず杯を上げ、商蕊に向かって言った「すべてはこの原の管理不行き届きです。自分の面子をも失い、商老板にこんな多大なご迷惑をおかけし、本当に心苦しいかぎりです」商蕊は冷淡な態度で杯を上げ、冷淡な声で「おお」と答えた。商蕊は嫌いな人物の前でも臆することなく、頬一杯に大肉をほおばり脂が口からたれるほど食べた。原小荻は程台と話している途中でも何度か商蕊に注意を払い、彼がまだ怒っていることに気づいていた。しかし、怒りを鎮めるためにパンクするまで食べる必要はないだろう。もしかして、自分にお金を浪費させてうっぷん晴らしをしようとしているのかな?やっぱり子供っぽいな!そう思い、笑みを浮かべながらいくつか最も贅沢な山の幸と海の幸の料理を追加し商蕊はそれらをお腹いっぱい詰め込んだ。原小荻は商蕊が以前はわざと礼儀や上品さを装っていて、しかも今日の食べっぷりは通常の彼の食欲であるという事はつゆしらずであった。一定の程度まで食べ終えたところで、原小荻は商蕊が耳が赤くなり、衿のボタンを一つはずして笑みを浮かべているのを見て、今がチャンスとばかり優しく彼に青の行方について尋ねた。商蕊は箸を置き、悲しげな表情を浮かべた。程台は原小荻を一瞥し笑みを浮かべ、心の中でひそかに思った。これが彼の今晩の本題だったのか。

青は何の連絡もなく姿を消しました。南に行ったのかもしれません。彼女はあなたの家族の暴力によって傷だらけです。無事に到着できるかどうかもわかりません。それに容貌も損なわれてしまい、もしかしたら舞台で歌えなくなるかもしれません」商蕊は大げさに語り、人を騙すことに本気で取り組んでいた。原小荻は気が遠くなり、しばらく立ち直れなかった。商蕊は再びこの昔の名優を見つめ直した。もう五十歳になる彼は、顔色がくすんで輝きを失い、暗く疲れ果てていた。社会的な評判によって追い詰められ、前半生の歴史を消し去ることに努力してきたのだ。自らを琴棋書画の愛好家と語るが、実際は汚い金儲け商売に日々勤しんでいる。十年以上も苦労して稼ぎ、やっと少しのお金を手に入れ、儒商の風格を手に入れた。家庭はめちゃくちゃで、跡継ぎ問題で女たちが勝手気ままに争っている。原小荻は上品な仮面を被った大した俗物だ!商蕊は青が彼のどこに惹かれたのか理解できず、彼女は目がくらんだのではないかと思った。彼には昆曲以外の取り柄は何もない。商蕊は彼の二爷を見つめた。彼は飲食や娼婦、賭博にのめり込んだ俗物であり、彼が女性や金、快楽を好むことを誰もが知っているが、今までそれをひとつも隠すことはなかった。彼のあくどさがあからさまなだけに、かえって愛らしく映るのだ。商蕊は自分の目が確かであることを感じ、喜びの中で原小荻に追い討ちをかけた。「青は孤独で傷つき、もう生きていけないでしょう」原小荻は呆然と商蕊を見つめ、目をそらし、実際に涙をこぼした。

台は非常に気まずくなり、わずかに慰めの言葉をかけたが、この非婚関係については深くほりさげることはできなかった。商蕊は興味津々で、奇妙な表情を浮かべながら原小荻をじっと見つめ続けた。彼は大のおとなの男が公の場で涙を流すことがどれほど恥ずかしいことで、抑えられない感情であるかを理解できないだろう。程台は急いで商蕊の腕をつかみ、彼を連れて急いで別れを告げ立ち去った。原小荻は悲しみに満ちたまま彼らを引き留める余裕もなかった。

外に出ると、程台は商蕊の鼻をつまんで言った「商老板、この悪いやつめ、本当に原小荻を泣かせちゃったじゃないか」商蕊はため息をついた「彼は本当に僕を窮地に追いこんだんだから!今さら泣いて何の意味がある?もっと早く何とかすればよかった!」そして喜んで言った「僕は青のために復讐してやったぞ!」「原小荻は青にまだ愛情を抱いているようだね」「じゃあなんで彼は彼女と結婚しないの?」

台は迫られたような複雑な状況の説明をしようとしたが、商蕊は手を振って彼を止めた。「結婚できないなら何も言わないでいいよ。原小荻は子腥(常之新)より責任感がない!」二人は車に乗り込み、程台は無意識に商蕊の手を握り彼が風邪をひいていないか確認しながら言った「俺だって君を家に入れることはできるよね?」商蕊は意味が分からず言った「なんでいつも僕達を他の男女と比較するの?僕は女ではないし、ただ毎日あなたと遊んでいるだけで十分だよ。男女の関係は結婚しなければならないものであり、一緒にいるなら早く巣作りして、次の世代の卵(蛋)を産まなくちゃ!」程台は商蕊の比喩に笑って彼の顔を軽く叩いた「ひどいなあ!君は誰が産み落とした小王八(可愛いおバカさん)かな?」商蕊は褒められたような気持ちになり、頭を揺らして喜んだ。

*緑部分はWEB版のみ
119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止

*見事に復讐をはたした二人、お見事でした。程凤台はほんと、商老板のご機嫌を取ることにかけては世界一!そしてご機嫌を損ねないようにふるまうのも実にお上手。「鳳」の字、いわれてみると暖かく大きく包み込む帆にくるまれる羽ばたく鳥、これは二人の関係性にも似ていますね。そして過去水运楼のメンバーが商老板を見事に食べ物でつって蒋梦萍と常之新への目線をそらしたのも作戦成功。つまりが商老板は単純でわかりやすい性格。子供だましが効くという事を周りみんなが知っている。

*借金について気前が良すぎる商老板。たとえられた「孟君」とは戦国時代後期(紀元前221年)の斉州の高官で、富があり3千人の子供を支え養父になったとの事。どんだけ世話するねん!というたとえ話のようです。


# by wenniao | 2023-07-03 17:43 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 54

54 暂别


蕊はゆっくりと話し柔和な雰囲気を漂わせているが、動作の効率は驚くほどいい。しかし程台と一緒にいるようになってからは全体的に緩慢になってしまった。もともと彼は舞台裏の監督業務に積極的ではなかったが、今ではますます三日坊主で自分が好きな舞台だけを監督している。幸いなことに『怜香伴』に必要な役者は多くはなく、もう全員揃っており、青はすでに眉を描いている。程台が通例通り舞台裏でしばらく座っていると、彼らの舞台のセットが特別であることに気付く。衣装や髪飾りは古代の絵画を模しユニークで写実的であり、通常の演劇の時とは異なり、まばゆい華麗な衣装ではない。商蕊は素早く化粧をほどこし自慢げに箱から一着の衣装を取り出して程台に見せた。その深紅の(ジョーゼット)は金糸が織り交ぜられており、おそらく光が当たるとまるで太陽が波紋を描くかのように輝き、見事な光景となることだろう。程台は繊維工場を経営しているので高級品は見慣れているが、この衣装には大いに驚かされた。もう一つは湖の青色の同じデザインの衣装で、銀糸が織り混ぜられている。この二つの衣装はセットであり、劇中の鴛鴦のカップルが着用するのだ。

「これはかなり高価だね」程台は首を振って嘆息した。「この衣装はどこで作ったものなの?教えを乞いに行きたいね」青は笑って言った。「これは七公子がフランスから持ち帰った生地で、仕立屋に頼んで作ったものよ。程二は見なかったかしら?不満に思って七公子はその場でハサミで切り裂いてしまったのよ。たくさんのものが台無しになったわ!私は彼らの水云楼はあまりにも贅沢だと言いたいわ。こんなに手間暇かけて作られた衣装は、この演目以外では使われないでしょう」

蕊は衣装をソファに広げて楽しんでいた。「この一芝居のためだけでも価値がある。いやたとえ一回しか歌わなくても価値がある」と。舞台に上がるものは美しくなければならない。代価を惜しまない美しさ、目を奪う美しさ、じっくり鑑賞することができる美しさが必要である。商蕊と杜七はこの観点に置いて非常に一致している。商蕊は有名役者でありお金は簡単に手に入り、さらに杜七は先祖代々の財産家出身であり、二人ともこのためにお金を使うことはいとわなかった。ただし商蕊がこの言葉が現実になることを知っていたら、後悔したであろう。

『怜香伴』は優雅な芝居なので通常よりもチケット価格が高い。しかし、商蕊の名前を掲げているだけで、満員にならない公演はない。ましてや青がサポートしているのだ。以前は大声で喝采を贈っていた労働者たちは今日はもちろん来ない。座席には見知らぬ上品そうな人々が静かに座り、ささやき声が聞こえる。程台が包に座って間もなく、大幕がゆっくりとあがった。程台はこの公演に合わせて、幕布が特別にシフォン素材に変わり、照明も温かみのある暖色系で、舞台全体が優雅で心地よい雰囲気だと気づいた。

蕊は今回再び旦角を演じるが、相手役は女性だ。いつものように背筋を伸ばして歌うことはできない。二人の女性が一緒に舞台に立つのに身長差がありすぎて奇妙になる。彼はとっくに対策を考えていた。水滸伝の丑角のように衣装の中で膝を微かに曲げ、優雅に歩きながらスカートを揺らし、それがまったく分からないようにするのだ。

新聞がこぞって商蕊と青のスキャンダルをでっち上げるのも不思議ではない。彼らは一世一代の美男美女であり、商蕊は花旦、青は青衣として共に舞台に立ち、まさに世に求められる美しい人間の組み合わせだ。商蕊の麗しい美しさ、そして青の清雅さ高潔さが互いに映え、互いを引き立てる。彼らはまるで一対の女性のように演じられる。恋人というわけではなく、美の対象としての対をなし、二面に咲く花のような組み合わせなのだ。それに比べて、巾生(書生役)は余計に下品に感じられる。二人の魅力と比較されると、ただの小道具のように見えてしまう。

台は眺めているうちに、上海において隣人で幼馴染であるを思い出した。彼女も同様に怜香を彷彿とさせる兆候があったように思えた。商蕊を知る前は、それは家で寂しさからただ遊んでいただけだと思っていたが、商蕊と知り合ってから、再度思い返さずにはいられなかった。

舞台が終わると、杜七が自ら花束を持って上がり、商蕊は青に持つように促した。一群の人々が集まり、写真を撮ったりカーテンコールに答えたりし、しばらく賑やかになったのちお開きとなった。程台は劇を見に来た友人に出会い、少し話をしてからゆっくりと舞台裏に向かった。楽屋では、数人の役者たちが噂話をしていた。二人の女学生が劇を見ている間ずっと手を握り合っていて、さらにいえば二人は指先を絡めていたと。おそらく恋人同士が共感を求めて見に来たのだろう。商蕊は彼が歌っている間は舞台下をあまり気にしないし、おまけに照明が暗かったため何も見ていなかったと言った。崔云と曹花が天地に礼をするシーンでは、舞台下でこの二人は深く視線を交わしていたそうだ。青も話に加わったが、彼女もよく見えておらず思い出せなかった。

蕊は程台に会うと軽く微笑んだ。程台は機を逃さず彼のそばにそっと立った。商蕊は彼に向かって鼻をしわくちゃにし、程台は彼の手首を握った。この時、杜七がたばこを吸いながらさりげなく「えっと、あの二人の娘たちのことだけど、僕は会ったよ。なんで僕に聞かないんだ?」というと、みんなが一斉に彼に、それはどこの娘か、美しかったかどうかを尋ねた。男性の花旦が旦那連れという事はよくあるが、夫婦同然の二人の娘は本当に珍しい。彼らの話はエスカレートしていき次第に女性たちの床寝の方法について議論し始めた。男優たちは普段からこのことに興味を持っており、何人かの女優を連れていった深窓の令嬢やお金持ちの太太はいったいどうだったんだと尋ねた。水云楼の女優たちはどんなに大胆でもこう聞かれたら赤面しながらこう言い返した。「ああ、もう黙って頂戴!まずあなた達男だって男同志のあれで気持ちよかったことがあるの?

杜七は低俗な文人で、下世話な話程楽しくなり、彼はタバコをくわえて大笑い。青は咎めるように笑みを浮かべつつ口をつぐみ涼しげに一杯のお茶を吹いて飲んでいる。商蕊はここ数年淫らな状態にあるが、まだこのような話題に慣れておらず、どう止めてよいやらわからない。ただ「おやみんな!何の話をしてるの!もう十分でしょう!」と言った。

ここは楽しい賑やかさであふれていたが、その時顧マネージャーは、美しい装飾品を身につけた細面で大きな目の旗袍を着た女性を案内しているところだった。彼女には二人の女中がつきそい、左右で彼女を支えている。芝居を聞いてもまだ満足しないで、舞台裏に来て褒美をあげたい豪華なお客のように思えた。

「商老板、 俞老板、お二人ともお疲れさまです!こちらは原小荻の三姨奶奶(三番目の奥様)です。」

青は原小荻という名前を聞いた瞬間、顔がこわばりじっと三姨奶奶を見つめた後すぐに目をそらした。彼女は口紅を拭き取りながらお茶を飲み衣装も着たままだったが、逆にこれは装う効果があるように感じられた。ただ心が慌てふためき自己嫌悪感を抱き、説明できない不快感があった。商蕊と程台は内情を知っており、青にこっそりと目線を送った。

蕊は自分勝手に良い方向に考え「彼らはただ舞台を称えに来たに違いない。ちょっと適当に言葉をかけて追い払えばいい」と心の中で思い一歩前に出て話しかけようとした。しかし三姨奶奶は楽屋を一周し、視線が青に向けられてまず一言口を開いた。「青、あなたが老板かしら?」青は名前を呼ばれたので困惑したまま立ち上がり微笑んで言った「三奶奶...」三姨奶奶は手を上げて彼女を指差した。「殴ってやれ!」

二人の女中の一人が突進し、袖を上げて彼女を地面に叩きつけ、一人が彼女の体に馬乗りになり、衣装を引き裂き平手打ちをした。もう一人は他の人が邪魔をしないように立ちふさがった。狼と虎のような恐ろしい二人の前で、俞青は何も反撃ができず弱い柳のようにもろく、痛みと恐怖で何度も叫び声をあげた。水雲楼の団員たちはすぐに駆け寄って止めに入ろうとした。先頭に立った小来は女中の一人にお腹を蹴られ、痛みで顔が青白くなった。 三姨奶奶は小来を押しのけ、腰をかがめて立ち止まり大声で言い放った。「誰か私に触れる勇気があるかしら?私はお腹に大切なものを抱えているのよ!」

この状況に劇団員たちもびびってしまった。彼らは手を出していいか確信が持てず、もし手を出してしまったら妊婦に怪我をさせる可能性も考えると、どうしてよいのやらわからない。彼らは冷静になり、青の命を危険にさらすことはできないので、ただ顧経理に人を呼ぶように指示した。顧経理は状況を見て、劇団員たちと同じ考えを抱いていた。彼は返事をしただけでその機会を利用して逃げ出した。

三姨奶奶は青を指差し、歯を食いしばりながら怒鳴った「年末年始になんでうちの門前で泣き叫ぶの?ごりっぱな家柄が呆れるわ!知識階級の家柄でこんな男を誘惑する妖狐とはね!趙将軍に遊ばれて捨てられた残り物じゃない!よくも他人の男を誘惑する度胸があるもんだわね!そりゃあ父親は姓を使わせないはずよ!こんな恥ずかしい事を!他の人ならすぐにでも命を絶つだろうに、なんであんたは恥知らずなの?」

二人の女中は殴りながら、汚い罵り言葉を浴びせ続けた。誰もがこんな凶悍な妊婦を見たことがない。杜七と程台は到底認めないが、結局手を出すことはできず、ただ左右に手を振り回して引っ張り合うしかなく、二人の手は三姨奶奶によって叩かれ、数本の爪痕ができてしまった。

蕊は我慢できず怒りで震えながら突進した。程台が彼を引き止めた。「彼女のお腹には赤ん坊がいるんだ!殴っちゃだめだ!」商蕊は彼を振り払い三姨奶奶に近づき、彼女をしっかりと抱きかかえると数歩離れたところまで動かした。三姨奶奶はこの侮辱に驚いて叫び、手足を両方使って彼を殴り蹴りした。商蕊はいくつかの蹴りを受け、振り返って怒って叫んだ。「早く助けてあげて!」

皆が一斉に手を伸ばして人々を引き離しにかかった。青の舞台衣装は引き裂かれ、全身が震えていた。顔は傷だらけ、唇には血が滲み、小来に支えられて座り込み息も絶え絶えだ。彼女は目を閉じ涙が滝のようにあふれた。小来はハンカチを取り出して彼女の顔を拭いたがハンカチは一瞬で涙でびしょ濡れになった。杜七はこの様子を見て心底腹が立った。彼はいつも人をやり込める側で、いじめられる側ではない。これらの役者たちは彼の親しく愛しい人々である。役者たちを侮辱することは彼自身を侮辱することでもある。彼は罵声を上げながら、足で二人の女中を床に蹴り倒し、大きな平手打ちを浴びせた。「原小荻に伝えてやれ!この杜七がお前らの二人の女中どもをぶん殴ったってな!こいつの腹ん中に赤ん坊がいなければ一緒に殴ってるところだ!あいつが一体どんな真っ当な人間かっていうんだ、彼自身に聞いてみろ!ただ身を売って芸を売る子さ!金をためて足を洗ったらもう自分は子ではないとでも思っているのか!明日、僕は人を連れて胡同の入り口であいつを待ってやる!」

杜七は冷酷に手を出し、まもなくこの二人の顔に傷を負わせたが、彼女らは杜七には手を出さず、ただ不平を言うにとどまった。その時、ドアの外で物音を聞いていた顧マネージャーが人を連れて入ってきて2人の女中を引きずりだし、双方の名士の面目を失うことを恐れて、警察には届けずに穏便に済ませた。商細蕊はまだ三姨奶奶を抱きかかえていたが、程凤台が前に出て商細蕊の肩をたたいた。「もういいよ、離しても。君は抱き癖がついちまったのか?」商細蕊が少し力を緩めると、三姨奶奶は彼の顔に平手打ちをくらわせた。女性は爪が長く、彼の顔に数本の引っ搔き傷がついた。程凤台は怒りの形相でとっさに三姨奶奶の手首を掴んで後ろ手に捻った。商細蕊は自分の顔に触れ、手のひらに残った数本の血痕を見、役者がどれだけ顔を大事にしているかを思い知らされ、悔しさで歯を食いしばった。

三姨奶奶は手首が痛くてたまらず「商細蕊!自分で始末するわ!このことは水运楼とは関係ない!あなたは余計なことに口出ししないで!」と言った。商細蕊は妊婦に対して慈悲深い心は持っていなかった。この時は本当に平手打ちを返してやりたかったが、何とかおしとどまり重い口調で言った。「水运楼とは関係ないと言うなら、なぜあなたは水运楼の楽屋で騒ぎを起こすんですか?老板は私が招いた客です!楽屋を一歩でたならあなた達のことはどうでもいい、でもここではだめだ!」

この言葉は理にかなっていたので、三姨奶奶は重く荒い息を数回ついて声を荒げることはもうしなかった。程凤台は彼女を振り払い、顔の片側が真っ赤になり三本の血痕がついた商細蕊の顔を見て心を痛めた。憎しみを感じながら、幽かに嫌悪の念を込めて言った。「三姨奶奶、このへんでやめておきましょう。早く帰りなさい!最も風雅であるあなたの夫の性格を知っていますよね。このような醜いごたごたには耐えられないでしょう。後のちあなたの振る舞いがひどいと思われたら、面子を損ねることになりますよ。彼が怒ったら、あなたの息子を他の人に育てさせるかもしれないですしね」

三姨奶奶は程凤台をよく知っていた。彼女の息子が一歳の誕生日を迎えた時、程凤台が自ら贈り物を持ってきてくれたことを覚えている。彼はとても影響力のある商人だ。今日の騒ぎは、原小荻は明らかに知らない事であり、彼女は大奶奶の密かな指示で行動を起こした。彼女は唯一の息子がいることを手玉に取り、好き放題、何も恐れてはいなかった。しかし程凤台の言葉を聞いて、三姨奶奶は少々不安になった。何となくだが、これはすべて大奶奶が自分を追い出す陰謀なのかもしれないと感じた。口では厳しく青にこれ以上誘惑しないよう警告した後、彼女は撤退する準備をした。杜七は彼女がまだ高慢ぶっていることに気付き、彼女に向かって手を上げて襲いかかろうとしたが、三姨奶奶はまた叩かれることを恐れ、そそくさと去っていった。

水运楼の女優たちはこの時気が大きくなり興奮していた。後を追いかけ、彼女の後ろ姿を指差して罵倒した。「あんたはたかが原小荻の三番目の妾でしょ!妾になったからって、えらそうに、自分が何者かお忘れ?あんたのような悪女だからこそ男が誘惑できるの。自分の顔をよく鏡に映してみてみなさいよ、自分がどういう女かわかるからね!天橋で芝居をする馬鹿女!半日唱って五毛だなんて娼婦と同じ値段だ!人に触られておっぱい撫でられて尻をたたかれる商品さ!今日劇場に初めて入ったんじゃないかしら?ねぇ、三奶奶、行かないでよ!せっかくだからちゃんと見学していったらどうなの!」この騒ぎで、通行人たちは三姨奶奶に注目し、水运楼のメンバーは愉快な気分になった。商細蕊は以前の態度とは正反対に、手を打ちながら賞賛した。「いいぞ!いいぞ!そうやって罵ってやれ!」

しかし、青は彼らと一緒にうさ晴らしする気分ではなかった。彼女は詩書を読み規律を守って十八歳まで生きてきた。原小荻を追って芝居を演じることになったが、彼女は戯曲界の負の部分をも我慢してきた。将軍にせまられても彼女は少しも動揺しなかったし、今でも清廉な身を守っている。真の学び手、真の淑女は、このような公然での侮辱に耐えることはできず、まるで生きる心を奪われてしまったかのようだ。

青は顔を覆って更衣室に入り、私が彼に結婚を迫ったわけじゃない、北平に来たのは彼を見たいがためで、何も非常識なことはしていないのに…と心の中でつぶやいた。小来は心配そうに彼女の後をついて入っていき、しばらく出てこなかった。劇団員たちは次第に散っていき、杜七も長居したので別れを告げることにした。彼は悲哀を込めて商蕊に青をしっかり慰めるようにと念を押し、必ず家まで送り届けるようにと言った。商蕊は口では返事をしつつも、振り返ると衣装を抱えてため息をつき、今にも泣き出しそうで、青の事はあまり心配していないようである。

台は商蕊のお尻を軽く蹴り「商老板、そんな無慈悲な態度はおやめ。老板が出てきたら、そのボロの衣装を前に悲しそうな顔をするなよ」商蕊はそれを聞いて怒り「なぜこれらの衣装がボロだなんて言われなきゃいけないの!」しかし、確かに今はボロボロになっていた。「最初はきれいだったのに!」確かにこの出来事は人を爆発させることができるかもしれないが、彼は青がどれほど悲しんでいるのか理解することができず、杜七が彼女のために報復しただけで十分だと思っている。もしまだ満足できないなら、月明かりのない風のない日に、原家の玄関に大きな糞を二桶かけてやり、二度と関わらないようにすればいいと考えている。

「本当に原小荻の目は節穴だよ。どうしてあんな女を娶ってしまったのか」と商蕊は殴られた部分に触れた。「僕だって彼女を殴りたいくらいだ!二、早くここやさしく揉んでよ!」程台は商蕊の少し青あざになっている肩と腕を揉みながら言った「原小荻は望みは高いが運は薄いよ!この出自では、知識と理性のある上等な娘が彼に嫁ぐわけがない」商蕊は尋ねた。「青もそうではないの?」程台は声を潜めて言った「彼の三人の妻は一人もよくない。今日の女を見ただろう?気が強いし口は悪いし、どうしてもう一人、家に入れることができるんだ?もう地獄だよ!」

台は、彼に男女の結婚の複雑さを説明することなど到底面倒くさくてする気はなかった。程凤台は一心に彼の痛みを和らげようと揉んでいたが、痩せているため強く押さえすぎて逆に痛くて商細蕊は騒ぎ立てた。一方、小来が青を支えながら部屋から出てきた時、彼らがソファでじゃれあっており、小来は非常に腹を立て白目でにらんだ。二人は青を見ると、すぐにじゃれあいをやめ彼女を家に送り届けることにした。台は青が気まずさを感じないようにと現場で老葛に休みを取らせ、自ら車を運転した。

青は道中、ただ目を閉じて小来の肩に寄りかかって黙っていた。彼女は話をせず、程台と商蕊も適当なことを言うことはできなかった。到着すると、青は車から降りて家の玄関口に立ち、商蕊に悲しげな微笑みを浮かべた。商蕊は口から出たまま言った「悲しまないで、僕たちは原小荻を懲らしめる方法を考えるよ」

青は首を振りながら少し明るい笑顔で言った「私は原小荻のために舞台に上がったの。でも原小荻がいなくても、私はやはり青よ」

蕊は青の言葉の中に込められた意味を一瞬理解できず、答えることができなかった。しかし、数歩離れた程台はそれを耳にし、ますます青を尊敬し非常に稀有な存在だと感じた。芝居の世界で役者は卑しい職業と言われており、特に旦角儿は身を売らないと頭角を現すことは難しい。多くの役者は良いパトロンを見つけることを最優先とし、演技の良し悪しはただ値段をつけるためのものだ。しかし、青は本当に芝居を楽しむために舞台に立っており、演劇を自身のキャリアとしている清らかな存在である。そんな彼女を見過ごすことはできない。

青は商蕊の顔にある引っかき傷をじっと見つめながら、突然優しく商蕊を抱きしめた。彼女は顔を横に向け、頬を彼の首に寄せ、非常に愛おしそうに別れを惜しんでいるかのようだ。商蕊は興奮しすぎた女性ファンに無理矢理抱きつかれることはよくあったが、このようなちゃんとした抱擁は初めてだった。彼は一瞬困惑したが、青の背中を大切に支えるように抱きしめた。彼は青がいつのまにこんな洋風の習慣を持つようになったのか不思議に思った。青はゆっくりと言った。「商老板、『潜龙记』は本当に素晴らしいし『怜香伴』もとても素敵よ。私はあなたと一緒に舞台に立つことが本当に好きなの」商蕊も言った「僕もだよ」彼らは心にやましさがなかったため、通りを行き交う人々の目を避ける必要もなかった。程台と小来は二人を見つめながら、心からの平穏を感じた。

青が家に入った後、程台は車を運転して商蕊を南鼓巷に送り届け、からかいながら言った。「商老板、女の子を抱く感触はどうだったかい?」商蕊は彼に向かってふんと鼻で笑って言った「あなたには関係ないよ!」商蕊も思いもよらなかったが、今日の別れの後、青に再び会うのは数年後となるのだった。

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*修羅場です( ゚Д゚)。ドラマでは一人乗り込んできた原小荻(妻少なくとも3人もいたか!)奥様ですが、原作では凶暴な女中2人従えてた!

*巾生とは昆曲においては官職に就かず冠を被っていない風流な書生の役割。彼らは方巾を被り、必ず正巾である必要があり、そのため、巾生と呼ばれているそうです。

*《怜香伴》という作品ですが、以前過去の章で程台がこんな画期的な話があったのか、と驚いた場面がありましたね。LGBT問題、同性婚の合法性がニュースになる中、古典でこのような話がすでにあったとは時代の先を行ってましたね。もう一度ここでお話をおさらい。

李魚(明朝)原作の女性の同性愛を描く昆曲。州の書生范介夫の妻である崔云は、新婚1ヶ月目に雨花庵に香を焚きに行った際、2歳年下の地方の令嬢である曹花と出会う。崔云は曹花に惹かれ、曹花は崔云の詩才を愛で二人はお互いに終生を誓う。崔云と曹花は数々の試練を経験し、最終的に妻妾の区別なく范氏夫人として封じられる、というお話。見目麗しい二人、商老板と青の《怜香伴》、見てみたいですね!(たしかにこの話、悪いけど夫はオマケ)


# by wenniao | 2023-06-15 15:04 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 53

53 (本番前、小公館での二人)

二人は午後までベッドでたわむれ、その後ベッドに座って食事をした。商細蕊は自分が汗でべとべとなのを嫌って、劇場に行く前にシャワーを浴びる必要があると言った。今晩は昆曲『怜香伴』を青と一緒に歌う予定で、商細蕊と杜七が古書を参考にしてアレンジした衣装や面、アクセサリーに至るまですべてに心血を注いで美しく仕上げたので、清らかな状態でいどまなければならない。二人は談笑しながら、車で小公館に向かった。

踊り子の女性は昨夜范と一緒に過ごしたのでまだ起きたばかりで、巻き髪をふんわりとさせて、階下でコーヒーやお菓子を食べていた。レコードプレーヤーでは、上海のジャズ歌手のレコードがかかっていた。商細蕊に年始に追い出されて以来、彼女は程台にすら会っていなかったため、車のクラクションに全く気づかなかった。赵妈がドアを開け、商細蕊は両手を後ろで組み、左右をきょろきょろ見回し入ってきた。彼女は驚いてコーヒーにむせそうになった。「あら!少、いらしたのね!こんばんは」と客引きするような声で迎えた。

商細蕊は目を悠然と彼女に向けて「ああ」と答えた。そしてテーブルの上に置かれたケーキやお菓子に目が釘付けになった。彼女は彼を座らせ食べ物を出すように促し、商細蕊は恩着せがましく着席し、彼ら二人のために赵妈に二つのカップと皿を用意してもらった。商細蕊は、牛乳を全部そそぎ入れて、少なくとも5個の角砂糖を混ぜ込んだ後、コーヒーポットの蓋を開け小さな銀のスプーンでコーヒーを二杯入れ、甘い牛乳にコーヒーの香りをつけた。コーヒーの苦みを消すためだ。踊り子も地元民ではないので新鮮な目でそれを見て思わず笑い「少爷、これは老北平の飲み方なのかしら?」といった。商蕊は彼女に好感を持っておらず、白目で彼女を見るだけで何も言わなかった。程台は笑って言った「よし、君、他に用事がなければ……」彼女は口を挟んで「わかってるわかってる、用事がなんかないわ、外に散歩に行くわ」と腰を振って階段を上り、服を着替えてメイクをすることにした。

台は商蕊と一緒にお菓子を食べ、食事にも付き合った。とはいえ商蕊は食べる専門、彼はそれを見る専門。さっき食事をしたばかりで、今はブラックコーヒーで少しはつきあえるが、もう一度食べ物を取ると口に入らない。商蕊は大きなケーキを切って一口一口嬉しそうに食べた。

台が尋ねた「商老板、君は1日にどのくらい食べれば十分なの?」「状況によるけど、食べ物があったら食べるし、お腹が空いたら食べるし。わからないな」

彼はほぼ一食分の量をまた食べた後、食べるのにも疲れたのか、口を拭いて椅子の背もたれに寄りかかった。女性もやっと化粧が完了。旗袍、コート、ストッキング、ハイヒールを身に着けている。斜めにモダンな帽子をかぶり、紫色のベールが垂れ下がり左半分の顔を覆っている。ダイヤモンドの宝飾を身につけ、輝くばかりの装いだ。彼女は丁寧に彼らに別れを告げたが、商細蕊は彼女を一瞥し、彼女の手につけている一つのダイヤモンドの指輪を凝視した。女というのは美しさへの羨望か、装飾品への羨望かにかかわらず嫉妬深い視線に対して本能的に敏感である。彼女は思う、ケーキやお菓子は譲ることができるが、宝石は絶対に手放せない。もしあの兎野郎が地団太を踏んで指輪を欲しがったら程凤台がどんなことをおこすか分からないわ。本来、それは程凤台が買ってくれたものだから、無理やり外さなければならなくなるかしら?ダンサーの女は急に不安を感じ、まじめな妻が不貞を働いたような気分になりそそくさとその場を去った。

台も商蕊の考えを見抜いていた。彼は夫人や令嬢ではないし、宝石に興味を持ったことはないので驚いて尋ねた。「どうしたの?ああいうの好きなの?」商蕊は視線を戻し「ああいった一つの宝石で、劇場全体を眩ませることができるかなあ?」といった。それを演劇の小道具として見ていたのだ。程台は笑って言った。「あの宝石の品質はいまいちだが、今ではなかなか見かけないものだ。世の中物騒だから女性は身に着けないで隠しているもんだ」商蕊は頷く。「あなたの姉さんがもっと輝くものをしてたのを見たことがあるけど、一、二回しか身につけたことはなかったです」程台は考えてみた。「それは青い光を放つダイヤモンドの指輪のことかな?」商細蕊はそうだといった。

「あの指輪は非常に由緒あるものなんだ。聞くところによるとそれはロシアの皇后への愛のしるしで、職人はその作品を完成させた後射殺されたとか。つまりその品が世界に類を見ないものであることを確実にするためにね。後に皇帝一家が滅ぼされ、一部の宝石が散り散りとなってしまった。私の義兄は一連隊の装備と引き換えにロシア兵からそれらを手に入れたんだ」ちょっとインターバルをあけて「そう言えば、死人から剥ぎ取ったものは、なかなか不吉なものだよね」

蕊は気にしなかった。「なんでそんなに神経質なの!僕はその指輪が目を引くしとても美しいと思うよ。」

台は彼の態度を見て、軽く笑みを浮かべ内心楽しい決断をした。彼を階上に連れて行き、熱いお風呂に浸けた。商蕊にとって、西洋人が作ったものは奇抜で、どう見ても使い慣れないものだったが、チョコレートケーキとこの家はとても気に入っていた。洋式の家では洗面所が一番いいところで、絶え間なくお湯は出るし、トイレを流すだけでも爽快感があった。毎日お湯を沸かしたり水を待ったりする手間が省けて、商蕊のような気まぐれな人間にはぴったりだった。お風呂を出て裸のままマットレスのベッドに倒れこみ、ころころ回転して、子供の頃のように芝居を逃げてしまいたくなるくらいだ。

台はベッドの端に座り、商蕊のお尻をポンポンと叩いた。「商老板、ここは気に入った?」商蕊は楽しそうに「とてもいいね!」といった。「じゃあここに引っ越して住むっていうのは?」「だめです。」「どうしてだめなのさ?」「ベッドが柔らかすぎて、腰と背中が痛くなるんだ。長く寝ていると『鷂子翻身』ができなくなるよ。たまに寝る分にはいいけどね」「“鷂子翻身”って何だい?」実際に商蕊が演じたのを確かに見ていたが、素人にとっては用語や演目が永遠にピンとこないものだ。

蕊は常に他人に教えることは得意ではなく、真剣な口調で彼を騙すことにした。「鷂子は一種の鳥(猛禽類の一種)。“鷂子翻身”は、鷂子がひっくり返って‘啾(ちゅん)'と鳴くことだよ」そういうと彼は身振りも合わせて、仰向けになって自分の股間からその鳥さえ見せた。彼はすっきりと洗い上げられ、フランス石鹸のジャスミンの香りが漂っていて、肌は白く美しく、ベッドに横たわっている姿は花のようにキャンディのように美しく甘い。すべてが整った清潔なものを見たら気持ちがむずがゆく口が渇く。程台は商蕊に比べ十分ではないように感じられた。

彼は商細蕊の額からキスを始め、鼻先、唇、あご、首に至るまで下に向かってキスを続け、胸の乳首を吸いしゃぶった。商蕊は気持ちよく目を細め、程台のゆるんだバスローブの中に手を入れ、彼の裸の胸を触り背中に腕を回した。程台はベッドに乗り上げ、商蕊のお腹までキスをした。商蕊は耐えきれず膝を曲げて笑い、彼の足の間のものは少しずつ持ち上がってきた。程台は少し弄んでから冗談めかして言った「ほら、これがまさしく“鷂子翻身”だ。」

蕊は彼の唇が離れるのを惜しむように腰を上に押し上げた。程台は一瞬の衝動に駆られ、商蕊の“鷂子”を口に含んだ。商蕊は突然下の方が湿って熱くなったので身を起こして見て驚いた。他の人たちがいかに彼を愛でようとも、ベッドの上でここまでのことをしてくれた人はいなかった。体の喜びは、この時心の感動に勝るものだった。程台は数人の女と経験があり、彼女たちに金をかけることには手を抜かなかったが、ベッドの上では常に人に仕えさせる大爷であり、一人に対してもこれをしたことはなかった。自分自身でもかなり衝撃的だと感じた後、情婦たちの手法を学び、不慣れながらも商蕊に奉仕した。商蕊はその快感に夢中になり、恍惚と喘ぎ声をあげ、喜びのあまり泣きそうになりながら両脚をそっとけった。

台の唇は硬いそのものに擦られて痺れてしまい、のどの奥まで迫ってきた時、吐きそうになった。思ってもみなかったが、この小さなものは本気になるとかなり持久力があり、大きさや硬さも男として十分だった。常に男たちと付き合ってきた中で、自分の手に落ちたのは幸いだった。もし彼が戯子たちの手にかかっていたら、きっと手放すことをためらい、ベッドで絞り尽くされることになっていただろう。商蕊はこのうえない快感に浸りながら、程台の短い髪を掴んで彼のリズムを制御しようとし、もう一方の手は程台の耳たぶをなで回し、ゆっくりと楽しむような形勢だ。しかし、程台は続けざまに押し込まれる「子翻身」に耐えられず、無理やり再度弄んでから手で商蕊の二つの袋を揉み、舌で柔らかく繊細な先端をなぞり、深く吸い込んだ。商蕊は大きな悲鳴を上げ、完全に果てた。

台は商蕊のそばに横たわり彼を見つめながら喉を鳴らし、商蕊の目の前で口の中のものをゆっくりと飲み込み、舌を舐め回す戯けた仕草を見せた。これは先ほどの行為よりも恥ずかしく刺激的で、それをしたのはこの恥知らずで美しい人だ。商蕊は顔を真っ赤にし枕を押し付けて、程台が何を言おうとも顔を見せなかった。枕の下で声を押し殺し「あなたは本当に汚いな!」とつぶやいた。

台は理解できなかった。こんな犠牲を払って労働しているのに、なぜ嫌われてしまうのだろう?顔を隠す彼を抱きしめながら笑って言った。「どこが汚いんだ?これは商郎の精髓で、のどを潤すために飲むものだ。そしたら俺も一曲歌うことができるだろう。何を歌うかな?『定山』を歌おうか?」

蕊は無視し続け、程台は彼を押したりからかったりしていたが、彼はただ腰を突き出して動かない。程台は商蕊のお尻を2回叩き、バスローブの裾をめくって彼のもとに近づいた。彼は「では、遠慮なく!」と言いながら体を密着させた。商蕊は突然彼を押しのけてベットの上に起き上がり、高い位置から「するの?今夜は商少爷は芝居がある!」といった。程台は自分の火の如く熱くなった部分を見て言う「君が出番があると、僕には出番がないとでもいうの?」

蕊はつま先立ちをして言った「自分で解決してよ!」彼はお尻丸出しでベッドから飛び降り逃げようとしたが、程台は彼の足首を掴み、ベッドに倒して上に乗り、彼を苛めた。程凤台は彼の舞台に支障をきたすことを心配し、さすって十分な状態にしてから、「投桃李」(桃を贈ってスモモをもらう)、同じことを彼にもしてもらいたくて商蕊をなだめた。商蕊は嫌々そのものを口に入れた。彼は宝石のような声を持つ名優であり、一声だせば北平の街が沸き立つほどだ。今、こうして卑猥な行為をしているのを見るだけで興奮する。彼らの梨園代表が言う「芝居を蹂躙する」という感覚だ。商蕊を蹂躙することは、すなわち芝居を蹂躙する事と同じである。

台は商蕊の後頭部を掴んで激しく突いた。それはたいそう膨らんでいて、商蕊は彼がとても気持ちよさそうなので不満を感じ、口を閉じて歯で噛んだ。商蕊の小さな歯はとがっており、程台は快感の中で痛みを感じ、すぐに果てた。商蕊は頭を押さえられて逃れることができずに吹き出した。怒って程台の胸にぺっと吐き出し、そのまま浴室に直行して口をゆすいだ。程台はゆっくりとバスローブを脱ぎ一緒に浴室へいくと落ち込んだ様子で言った「俺がそんなに嫌いかな」商蕊は答えず、ふっくらとしたほっぺたに水をたっぷり含んで振り返り、無邪気に大きな目をパチパチさせている。

台は一度やられた経験から、今回はさすがに用心深くなる。数歩下がり浴槽に立ち、シャワーヘッドを手に取り商細蕊を狙った「水を吹きかけるなよ!君はカエルか?俺にひっかける気なら、俺も負けてないぞ」

蕊は状況を判断し相手は手ごわいと思った。彼の一撃は強烈でも、直接の水道の水はそれ以上に強烈だろう。彼は悔しそうに水を全て飲み込み、口を拭いて鏡に向かってもみあげを剃り、髪を整えた。程台は素早くシャワーを浴びたが、商蕊はまだ不器用に髪に油を塗っているところだった。夜の部の芝居で髪を縛る必要があるため前髪が邪魔になる。髪をすっきりとまとめ上げているのを見るのは珍しく、油でツヤをだし、見た目もいくつか歳上になったように落ち着いて見える。

台は商蕊の背後に立ち、鏡に映る二人の裸の姿を見つつ耳をくわえながら名残惜しそうに言った「さっきみたいなのは、好き?」商蕊は鏡の中の蒸気でもやっとした自分を見つめて言った「好きだよ!」「小来が隣の家で寝ているのに、君が気持ちよすぎて乱れて叫ぶのはさすがに恥ずかしいよ。これからはここに来た方がいいな。お風呂にも入れるし」「あの女がいるなら嫌だ」と踊り子の女性のことを言うが程台は気にもとめなかった。「数日後に范に彼女を連れて行かせるよ!そもそも自分の女を俺の家に置いておくなんて、どういうことだ?それが広まったら俺の名声もおちるよ」と嘘を正当化した。

蕊は後ろ手に手をまわし程台の顔を撫でた。「名声を気にするの?実際、あなたの評判はちっともよろしくないでしょう」程台は彼の手のひらにキスをしました。「本当に?俺の評判はどうなってるんだ?」「とにかく最悪だよ」程台は話すように要求し、商蕊は彼に対して何の躊躇もなく真実を伝えた。「最初は二奶奶の財産にあぐらをかいて、それから姉さんの縁故で女達を弄び、北方での密輸の際には命を奪い、たばこや麻薬も売っている、とんでもない大少爷」

通常、男性がこのような言葉を聞くと、自尊心が傷つくはずである。だが程台は笑いながら軽く答えた。「なるほど、俺ってそんな人間に見えるのか!」彼は反論の余地がないのか、もしくはずばり当たってしまったのか、または彼の心が強すぎて他人の言葉を気にしないのか、再び笑って言った。「君がそんな俺のような問題児と一緒にいるのは何のため?他のやつらは役者を贔屓にして大金を投資しているのに、俺は気付いたら君にいくつかの花束や指輪を贈っただけで、他の貴重なものは何も与えていない。でも俺たちの関係が広まったら、人は商老板は程二からどれほどの益を得ているかと思うだろうね。」商蕊はぶつぶつと言う。「彼らは俗人だから、気にしないで。いつもくだらないことを言うんだから。」

蕊は業界の風習により、避けられない状況下で数人の名だたる軍人や富豪と関係を持った。彼は公のそのような役者である。また、この芸能の世界では彼は高級コールガールとほとんど変わらない存在と見なされている。ただ違うのは歌唱の才能があるということだ。一方、程台は女性に依存して成功し、非難されるべき行動を繰り返した。命を奪ったり麻薬取引したという話は疑問視されるが、清廉潔白で財を成すのは難しい時代だ。彼らはともにゴシップの中心に立つ人物であり、噂話に対して超然とした態度を持っている。彼らは自分の目で見た人物だけを信じ、他人の口から出る言葉を信じることはない。また、信じたとしても、相手が道徳的に立派な人物であるかどうかは彼らの感情には全く影響しないのだ。彼らはだらだらと準備をして、楽屋に到着したのはぎりぎりだった。


*すべてWEB版。読みにくいため色は変えてありません。

119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止


*身を清らかにして臨みたかった舞台、なのに気が付けば真逆の展開(!)

「鷂子翻身」。そもそもの芸は、高速回転でくるくる回るもの?らしい(動画のリンクがうまくはれなくてすみません)。でも商老板が説明をめんどくさがったので、程凤台も拡大解釈、あやふやなうえに妙な展開に。

「投桃李」(とうとうほうり)という言葉、日本語でもあるんですね。モモが贈られればスモモを贈りその行為に報いるという、善に対して善に報いるたとえとのこと。友人間の贈答時にも使えるようです。意味は確かに間違ってない!勉強になりました。

そして初めてわかった商老板のコーヒーの飲み方、斬新!もはやそれはコーヒーとは言えない別の飲み物。でも二爷と一緒のものが飲みたいもんね!



# by wenniao | 2023-05-29 15:42 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(4)

「君、花海棠の紅にあらず」(「鬓边不是海棠红」)原作日本語訳 52-2

52-2 (曹家での出来事)

商細蕊は昨晩眠らなかった。しかし今は炭火が部屋を暖め、くるりと丸くなって寝ついている。もうお昼近くとなり日差しが斜めに差込み、部屋の中には飛び灰が浮かんで見えた。その日差しは梨の木の机、青花瓷の壷、そして色とりどりのお面に当たり、また、長衫にも当たっている。商細蕊の呼吸は穏やかで、ここにあるすべてのものには彼の息遣いが感じられ静かで美しい時が流れている。

程凤台はこの光景を壊してしまうのを恐れてベッドの前に立ってしばらく彼をじっと見つめていた。しかし腰に痛みを感じ、炭鉢にもたれて一枚一枚服を脱ぎ始めた。すると羊毛のベストの中に砕けたガラスの破片がいくつか落ちているのに気づいた。商細蕊はそのパラパラという音を聞いて目を覚まし、程凤台が服を脱いでいるところを見ると「あなたって人は全く……」とぶつぶつ言った。

台は下心があるわけではなかったが、そう言われたら、せっかくだからちょっとだけ悪ふざけしてみるか、と思った。商細蕊の布団に潜り込んで彼を抱きしめ、別の手をズボンの中にもぐりこませた。商細蕊のその部分はとても柔らかく太ももの付け根に垂れ下がっていた。まるで今の彼のようにおとなしく意識がないようだ。程台は商細蕊のものを軽く擦りながら笑った。「今日は元気がないな。曹司令官に追い出されたからか?」商細蕊は彼を睨みつけた。「もう揉むな。揉んだら顔にオシッコをひっかけるぞ」

台は笑って言った。「今回は口が回るね。君だけにだよ。他の人ならこれを見たらうんざりするよ。それに揉んでやるなんて、俺は子供たちにもしなかったよ」彼の手は商細蕊の脚の間に置かれ、動きを止めた。大げさに悲しみを込めて「俺が曹司令官に銃口を向けられても、君はこんなにすやすや寝てるんだね。まったく無関心だな!」商細蕊は急に身をひるがえし「じゃあ、打たれてないんだね?」と聞いた。「危ないところだったよ。弾丸が俺の頭をかすめてぴゅーんと飛んでいった。でも俺は俊敏だから全部かわしちゃった。もし彼が義兄でなかったら銃でうたれてたかもな!軍閥や司令官がなんだっていうんだ!」彼の話しはどれだけ速く走ったかを自慢しているだけなほら話である。蕊はそれを聞いて興味を持ち身を起こして言った。「わお!本当なの?曹司令官がなんであなたを撃とうとしたの?早く教えて教えて!」

台はその時の感情をすぐに思い出し、腹立ちを含んだ表情で言った。「何を言いに行ったかって?『曹司令官、昨晩なんで商老板を痛めつけたりしたのさ、え?あんな美しい人に手を出すなんて!商老板がどんなに尊い人物かわかっているのか!あなたが義兄だということに免じて今回は許してやる!言っておくが商老板は今後、私、程台のものだ!彼に指一本触れるようなことがあったら曹家とは縁を切るぞ!』ってね」台は激昂しながら話し商蕊は真剣に信じて「わあ!曹司令官、怒ったろうな!程美心は聞いてたの?」と尋ねた。商蕊は程台のあごの髭をつまんで「でも、なんで私があなたの人になったの?明らかにあなたは私の人でしょう!あなたは商家の小二だから!」程台は頷きながら「これからは商老板のおおせのとおりに」と答えた。「それで、その後曹司令官と程美心はどうなったの?」「俺の姐夫の性格を知らないのか?もちろん拳銃を抜いて撃ち合いになったよ!姐姐はそばで泣いてたさ!」蕊は手を叩いて喜んでいたが、彼は曹司令官を憎んではおらず、代わりに程美心を憎んでいた。「いいぞ!いいぞ!程美心を怒らせて血尿させてやれ!」彼のやんちゃな怒りは解消された感じだ。

台は彼をベッドに押さえ込み彼の耳元で囁いた。「商老板、俺たち一緒になろうか?」商蕊は即座に答えた。「いいよ!」しかし、彼はその奥の深い意味を理解できなかった。「僕たちはずっと一緒にいたんじゃないの?」程台はやわらかい口調で誘惑した。「いいかい、これから他の人と寝ちゃだめだよ。曹司令官だけでなく、俺は君をいじめてやろうというやつらにうんざりしているから。」商蕊は同意するつもりだったが、すぐにあることが脳裏に浮かんだ。「あなたの二奶奶はどうなるの?」 「二奶奶はもちろん含まれないよ」

蕊も二奶奶はカウントしないと考えていた。というのも、程台は常に外で遊びまわっており、家庭持ちの男とは思えなかったからである。また程台が二奶奶について話すときは、大変敬意を持って重々しい口調で話し、まるで家族の長老の話しをしているかのようで、「妻」や「子供の母親」というような親密さを感じさせるような表現はまったくなかった。しかし、商蕊はまだ言わなければならなかった。「二奶奶はなぜカウントしないの?妻と寝るのが別物っていうなら、僕も結婚していいってこと?」

「誰と寝るか、誰と付き合うかは俺が選ぶ。二奶奶とのことは義務だ。俺がしたくなくてもこれは仕方がないことだ」と程台は言った。言わんとするところ“常之新とは違うんだ”。つまり、彼は特別な道徳観を持っているように思えた。実際、現代において新しい考え方が一部の出版物や宣伝によって普及されているとはいえ、民間では古い考え方が比較的重要視される傾向がある。新しい考え方が間違っているとは限らないが、古い考え方は必ずしも誤りではない。例えば、常之新は正式に離婚した後に蒋夢萍と再婚し、新派人士は彼のこの行動を賞賛していた。しかしその後、彼は家を追われてしまい、平陽の古い友人たちも范以外は全員彼との付き合いを絶った。彼は全く人々に理解されず、単に蒋夢萍に心を奪われた男と見なされてしまっていた。明らかに彼は蒋夢萍を妾として迎えることもできたし、彼女と商細蕊とのトラブルを起こすこともなかった。しかし、彼は妻を無視し不義理な行為を行ったため、人々からひどく非難されてしまった。

蕊はこの点では比較的旧派の考え方を持っており、頷いて言った。「二爷は本当に良心的な人だね。でもある日、二奶奶が私たちを別れさせることになったらどうしよう?」台は笑って言った。「それは絶対にあり得ない。君が女の子であっても、そんなことはありえないさ」「でももし本当にそうなったら、僕たちが別れるか、あなたが離婚するしかないんじゃない!」

台は笑い出した。「なんだか話してるうち話がバカげてきたね!二奶奶がそんな考えを持っていたら、最初から俺とは結婚しなかっただろう。彼女は北方の皇帝の娘で、結婚相手には困らなかった。婚約を破棄したところで結婚して子供を持つなら男はよりどりみどりだった。彼女は旧思想に苦しめられているのさ!一生涯にわたって夫婦関係を保つことこそが彼女にとって意味があることなんだ。」蕊は感心して言った。「二奶奶は貞節の女性であり、もし前朝だったら貞操の記念碑が建てられたかもしれないね。あなたはエセ西洋人で、そんなことは気にしないかもしれないけど彼女とは合いませんね」

程凤台はこれを聞いて一言いいたくなった。「俺は本当に気にしないのさ。俺は女癖が悪いという噂だが二奶奶は清廉潔白で、俺に惚れたことなんてないんじゃないかな。一旦婚約が締結されたなら、それが俺でなくて张凤台であろうと李台であろうと関係ない。形だけでも結婚する。家に入ったなら夫が余程の極悪人じゃなければ面倒を見たり心配したり、とにかく優先して世話を焼くがそれは俺個人のためではない。じゃあ俺はいったい何なんだ?俺は彼女の人生においてのキャリアにすぎない。家庭をうまく回していくためには手法、徳、才智が必要だ。『家庭管理の方法』『夫婦のありかた』には、ただ一つ、愛情というものがない」

蕊は、このような家庭の夫人たちには感心している。夫が側室を連れていきたいならばいそいそと楽しそうに装飾や準備を手伝って、夫の心を掴もうとしていることはよくあることだ。商細蕊は彼女たちを賢徳と思ったり時には愚かだと思ったりしていた。しかし今日程台の話を聞いて、彼女たちの理解がまた一段と深まり、実に可哀想だと感じた。なぜならご主人様たちは、正妻以外に本当に愛している女性を持っている可能性があるからだ。しかし夫人たちには選択の余地がない。夫に対しては一生盲目的な愛か、もしくはまったく愛がないか、いずれにしても彼らと程台の愛を理解することはできないだろう。

「そういうことさ」程台は彼を見て言った。「それでも君はまだ妻をもらう気かい?それなら必ず心から愛する人を娶るべきで、それは一人で十分だ。俺以外にそんな相手がいるとでもいうの?」

蕊も同意し「そうだね、じゃあ僕あなたと結婚するよ!そうすれば二奶奶も気が楽になるだろう」と甘えたように言い、程凤台の顔を撫でた。程台は微笑み彼を押し倒し「三日しないと、君は反逆行為をするんだろ?」二人は楽しくじゃれ合い、これをきっかけにまた情熱的なひと時を過ごした。

*すべてWEB版。読みにくいため色は変えてありません。

119.pngしろうとの趣味の簡略版の翻訳です。誤訳ご了承のほどを。時々訂正します。無断転載禁止

*一体誰が正解なのかわからなくなりそうな話の展開。こんな話を聞いたら美心、本当に血尿になりそう。程凤台、妻はノーカウントだなんてさらりと言ってのけるなんて、ずるっ!ちょっと自分を正当化しすぎてない?()二奶奶の事をそんな風にわかっているつもりになっているけど、女心はそんな単純ではないのよ、二爷。

この時代、妾が数人いても養えるならOKな時代ですから、夫婦の在り方は今とはかなり考え方が違うのでしょう。でも誰に一番愛情を感じているのか、そこは結構大事かと。

二爷、あんな危険な目にあったのに、商老板に余計な心配をさせないように、さらりと言って笑い話にするところ、優しいなあ。最初の部分は、ドラマでもちょっと似たような場面がありましたね。二爷が指でフレーム作って商老板を見ているシーン。今の二爷にとっては、この商老板の部屋がどこよりも心からくつろげる場所なんでしょうね。小来に何と思われようと…。


# by wenniao | 2023-05-11 09:47 | 「君、花海棠の紅にあらず」原作を日本語訳 | Comments(0)